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2025年7月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
Day31「ノスタルジア」 #文披31題 #小咄
光が昇り、大地を照らす、焦がす、家路を辿るように沈みゆく。長い光が影を曳く。
直に夜が来る。風が吹き抜ける。頬を撫でて、前髪を掻き上げる。
空を見る。長い光の向こうが霞んで、淡い藍の裾が差し込まれる。
息を吸って、吐いて。想いを込めて、君の名前を紡ぐ。
君の声を聞く。この名前を呼ぶ声を。虫の声が溢れて流れていく、草葉が歌う。天に星が囁きを乗せていく。
夜に紛れる、灼けた匂い、噎せ返るほどの命の匂いを吸い込んで。
この足が進む。この手が掴む。戻りも迷いも忘れて、ただ一心に、君へと帰る。
君と私という、家路になる。
(/all)
ありがとうございました。
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光が昇り、大地を照らす、焦がす、家路を辿るように沈みゆく。長い光が影を曳く。
直に夜が来る。風が吹き抜ける。頬を撫でて、前髪を掻き上げる。
空を見る。長い光の向こうが霞んで、淡い藍の裾が差し込まれる。
息を吸って、吐いて。想いを込めて、君の名前を紡ぐ。
君の声を聞く。この名前を呼ぶ声を。虫の声が溢れて流れていく、草葉が歌う。天に星が囁きを乗せていく。
夜に紛れる、灼けた匂い、噎せ返るほどの命の匂いを吸い込んで。
この足が進む。この手が掴む。戻りも迷いも忘れて、ただ一心に、君へと帰る。
君と私という、家路になる。
(/all)
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今日7月30日だからなみおの日でよくない??とか思ったけど彼の名前は露上波佩なみおではない #トウジンカグラ
Day30「花束」 #文披31題 #小咄 #リボ
抜けるような青空を背負って、石塔が聳え立つ。見上げる程に高いそれをどう思っているのか、自分でもわからない。悲しい、とはもちろん違う気がするし、昔のような腹立たしさも、今はもうない気がする。畏れというには近すぎて、懐かしいと呼ぶには遠かった。
視線を天から前へと転じる。己が寝転がってもまだ余裕があるような供物台には、色とりどりの花がいくつも並んで埋め尽くされていた。一体華安のどこで育てられているのかわからないような豪奢な花々もあれば、ここまでの道中、山野の中でひそりと息づいているような楚々とした花も並んでいる。大なり小なり不揃いな花々は、それだけ様々な立場の人たちに偲ばれている証左だと思う。
そして己の供えるものといえば、何もない。使い込んだ革の手袋に覆われた手は空っぽだった。少年はあまりに大きな石塔の前にしゃがみ込んで、それから空っぽの両手を合わせた。
目を閉じて思う。何を、ということもない。だってわからない。だから少年は、日記でも記すように今の日々のことを心に綴る。今朝食べたもののこと、友人や仲間たちのこと、母がそちらにいるかどうか、これから自分はどこへ向かうのか。師にも兄にも似た青年から譲られた、古ぼけた肩布のこと。未だ頼りない背中に、背負おうと思うもののこと。
目を開く。やわらかな風が、ゆるりと渦巻く。色とりどり、大小様々の花が揺れて、ざわめいて、ちいさな花弁を零していく。
「――故人の偲び方は知ってるんだな」
少年が口を開いた。風と共に現れたのか、少年とも少女ともつかないちいさな人影が傍らにしゃがみ込んでいた。少年と同じように空っぽの両手を合わせて、じっと石塔を見上げている。
「知識としては知っているが、違う」見た目に反して、どこか古めかしい声が応えた。ちいさな翼を耳元で揺らし、ゆるりと少年へ視線を転じた。何よりも鮮やかで瑞々しいみどりいろが、命のざわめきを湛えていた。「お前の真似をしている」
は、と息を吐いた。じいと少年を見つめる瞳はきらきらと美しく、何か雄弁な笑みを口元に湛えている。みどりの現し身がこんな風に笑うのを、少年は初めて見た気がした。空っぽの背中はそのまま飛んで行けそうなのに、少年と同じように故人を前に丸まっている。
それだけで、ぎゅっと何かが込み上げてくる。腹の底を、心の臓を、喉元を。零れないように天を見上げる。石塔の天辺が青い空を背に佇んでいる。その姿が眩しくて、じわりと目元が熱くなる。空っぽの手のひらの代わりに、はらはらと透明な花びらが散っていく。みどりいろは何も言わずに、そっと少年に寄り添って目を閉じていた。まるでこの世にもうない声を聞くように、あるいは今初めて、この世に生まれた少年の産声を記憶するように。
(ティルとミドリ/風紋記)
仲間と共に父を背負う。
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抜けるような青空を背負って、石塔が聳え立つ。見上げる程に高いそれをどう思っているのか、自分でもわからない。悲しい、とはもちろん違う気がするし、昔のような腹立たしさも、今はもうない気がする。畏れというには近すぎて、懐かしいと呼ぶには遠かった。
視線を天から前へと転じる。己が寝転がってもまだ余裕があるような供物台には、色とりどりの花がいくつも並んで埋め尽くされていた。一体華安のどこで育てられているのかわからないような豪奢な花々もあれば、ここまでの道中、山野の中でひそりと息づいているような楚々とした花も並んでいる。大なり小なり不揃いな花々は、それだけ様々な立場の人たちに偲ばれている証左だと思う。
そして己の供えるものといえば、何もない。使い込んだ革の手袋に覆われた手は空っぽだった。少年はあまりに大きな石塔の前にしゃがみ込んで、それから空っぽの両手を合わせた。
目を閉じて思う。何を、ということもない。だってわからない。だから少年は、日記でも記すように今の日々のことを心に綴る。今朝食べたもののこと、友人や仲間たちのこと、母がそちらにいるかどうか、これから自分はどこへ向かうのか。師にも兄にも似た青年から譲られた、古ぼけた肩布のこと。未だ頼りない背中に、背負おうと思うもののこと。
目を開く。やわらかな風が、ゆるりと渦巻く。色とりどり、大小様々の花が揺れて、ざわめいて、ちいさな花弁を零していく。
「――故人の偲び方は知ってるんだな」
少年が口を開いた。風と共に現れたのか、少年とも少女ともつかないちいさな人影が傍らにしゃがみ込んでいた。少年と同じように空っぽの両手を合わせて、じっと石塔を見上げている。
「知識としては知っているが、違う」見た目に反して、どこか古めかしい声が応えた。ちいさな翼を耳元で揺らし、ゆるりと少年へ視線を転じた。何よりも鮮やかで瑞々しいみどりいろが、命のざわめきを湛えていた。「お前の真似をしている」
は、と息を吐いた。じいと少年を見つめる瞳はきらきらと美しく、何か雄弁な笑みを口元に湛えている。みどりの現し身がこんな風に笑うのを、少年は初めて見た気がした。空っぽの背中はそのまま飛んで行けそうなのに、少年と同じように故人を前に丸まっている。
それだけで、ぎゅっと何かが込み上げてくる。腹の底を、心の臓を、喉元を。零れないように天を見上げる。石塔の天辺が青い空を背に佇んでいる。その姿が眩しくて、じわりと目元が熱くなる。空っぽの手のひらの代わりに、はらはらと透明な花びらが散っていく。みどりいろは何も言わずに、そっと少年に寄り添って目を閉じていた。まるでこの世にもうない声を聞くように、あるいは今初めて、この世に生まれた少年の産声を記憶するように。
(ティルとミドリ/風紋記)
仲間と共に父を背負う。
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Day29「思い付き」 #文披31題 #小咄 #トウジンカグラ
夜闇がそっと退いて、淡い光が里を満たす頃に目が覚める。
それはうつくしい夜明けであり、野分のところの雌鳥が甲高い声を上げる、実に単純な朝の訪れでもあった。ついでに、普通、雌鳥は朝に鳴かないんだけどねえと、何かの折に不思議そうに呟いた紫燕の台詞を思い出す。
衣擦れの音に、伏したまま目を開く。逞しい背中が起き上がっている。この季節だからと裸身に長襦袢を被って横になったことを思い出す。辛うじて、と付け足さざるを得ないのは、この背中の持ち主に抱き込まれながらほとんど気を遣ったからだ。
二人で一枚を羽織ったので、背中が剥き出しな以上、襦袢は己にまだ被さっている。こちらがまだ眠っていると思っているのだ。伴侶が己より遅く目覚めたことは今までなかったことを思い出す。だから、朝の身支度をする背中は初めて見た。
剥き出しの背中には、細かな赤い引っ掻き傷が奔っている。野放図に伸びた髪が揺れながら、傷を撫でたり隠したりしている。男の手がその髪をまとめて掴む。いつものように結い上げるのだろう。気づいた瞬間、のっそりと起き上がっていた。襦袢が滑る衣擦れの音に気づかれるより早く、背中の傷を己の胸で覆った。腕を相手の胸に巻きつけて、閉じ込めて、まだ結われていない髪へと鼻先を突っ込んだ。
「穂群」
少しだけ驚いた響きを混ぜて、伴侶が名前を呼ぶ。染み入るような低い声が気持ちよくて目を閉じる。このままここで眠りたい。鼻先には硬い髪の感触が触れ、男の匂いが立ち込めている。深く息を吸って、肺いっぱいに吸い込む。
「……嗅ぐな」
「んー?」
首を傾げる。擽ったいのか、男の身体が震える。ほんのりと汗の混ざった、深い森のような、静かに佇む木々のような匂い。心地良い。吸って、吐いて、伴侶の首筋で息をする。
しばらくは諦めたように何も言わなかったが、やがて硬い膚の手のひらが己の腕を掴んだ。引き剥がされたくなくて、腕にはやんわりと力を込める。胸を背中に擦り寄せて、すると前の方から息を詰める音が聞こえる。己の胸の尖りがつんと膚を押しただけなのに。笑いそうになって、堪える。笑ったら怒られて、剥がされてしまうから。下肢を擦り寄せるのも堪える。怒られて押し倒されるのもいいけれど。
持ち主の手が諦めた髪にそっと触れる。束ねて掴んで、名残惜しく鼻先を埋める。唇で触れる。戸惑うような気配があるので、口を開く。目覚めたばかりで掠れた声になっている。
「結ってやる」
戸惑いが留まる。己は伴侶にいつも髪を結ってもらうが、己が伴侶の髪を結ったことはない。それを相手も知っている。こちらもわかっているので、見よう見まねで髪をまとめて、引っ張ってみる。
やがて諦めを含んだ吐息が聞こえた。被せるように笑った。楽しくて仕方がなかった。ぐちゃぐちゃに仕上がって、笑って、やっぱり諦めた顔の伴侶が今度はこちらの髪を手にするのはもうすぐ後。櫛が要るなと最後に囁いた声の重さを知るのは、この季節が終わる頃に。
(氷雨と穂群/トウジンカグラ)
某誕生日に続く。
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夜闇がそっと退いて、淡い光が里を満たす頃に目が覚める。
それはうつくしい夜明けであり、野分のところの雌鳥が甲高い声を上げる、実に単純な朝の訪れでもあった。ついでに、普通、雌鳥は朝に鳴かないんだけどねえと、何かの折に不思議そうに呟いた紫燕の台詞を思い出す。
衣擦れの音に、伏したまま目を開く。逞しい背中が起き上がっている。この季節だからと裸身に長襦袢を被って横になったことを思い出す。辛うじて、と付け足さざるを得ないのは、この背中の持ち主に抱き込まれながらほとんど気を遣ったからだ。
二人で一枚を羽織ったので、背中が剥き出しな以上、襦袢は己にまだ被さっている。こちらがまだ眠っていると思っているのだ。伴侶が己より遅く目覚めたことは今までなかったことを思い出す。だから、朝の身支度をする背中は初めて見た。
剥き出しの背中には、細かな赤い引っ掻き傷が奔っている。野放図に伸びた髪が揺れながら、傷を撫でたり隠したりしている。男の手がその髪をまとめて掴む。いつものように結い上げるのだろう。気づいた瞬間、のっそりと起き上がっていた。襦袢が滑る衣擦れの音に気づかれるより早く、背中の傷を己の胸で覆った。腕を相手の胸に巻きつけて、閉じ込めて、まだ結われていない髪へと鼻先を突っ込んだ。
「穂群」
少しだけ驚いた響きを混ぜて、伴侶が名前を呼ぶ。染み入るような低い声が気持ちよくて目を閉じる。このままここで眠りたい。鼻先には硬い髪の感触が触れ、男の匂いが立ち込めている。深く息を吸って、肺いっぱいに吸い込む。
「……嗅ぐな」
「んー?」
首を傾げる。擽ったいのか、男の身体が震える。ほんのりと汗の混ざった、深い森のような、静かに佇む木々のような匂い。心地良い。吸って、吐いて、伴侶の首筋で息をする。
しばらくは諦めたように何も言わなかったが、やがて硬い膚の手のひらが己の腕を掴んだ。引き剥がされたくなくて、腕にはやんわりと力を込める。胸を背中に擦り寄せて、すると前の方から息を詰める音が聞こえる。己の胸の尖りがつんと膚を押しただけなのに。笑いそうになって、堪える。笑ったら怒られて、剥がされてしまうから。下肢を擦り寄せるのも堪える。怒られて押し倒されるのもいいけれど。
持ち主の手が諦めた髪にそっと触れる。束ねて掴んで、名残惜しく鼻先を埋める。唇で触れる。戸惑うような気配があるので、口を開く。目覚めたばかりで掠れた声になっている。
「結ってやる」
戸惑いが留まる。己は伴侶にいつも髪を結ってもらうが、己が伴侶の髪を結ったことはない。それを相手も知っている。こちらもわかっているので、見よう見まねで髪をまとめて、引っ張ってみる。
やがて諦めを含んだ吐息が聞こえた。被せるように笑った。楽しくて仕方がなかった。ぐちゃぐちゃに仕上がって、笑って、やっぱり諦めた顔の伴侶が今度はこちらの髪を手にするのはもうすぐ後。櫛が要るなと最後に囁いた声の重さを知るのは、この季節が終わる頃に。
(氷雨と穂群/トウジンカグラ)
某誕生日に続く。
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>2421「裏切りの夕焼け」ぐらい洒落たこと言えばよかったな…(♪ ズンズンチャチャズンズンチャチャズンズンチャチャズンズンチャーチャチャンッ)
Day28「西日」 #文披31題 #小咄 #リボ
赤い光が長く伸びる。浮かび上がる影も長く伸びる。赤の中に黒々と、刺すように、墓標のように、あらゆるものが黒く長く。いずれ藍に変わって、黒く溶けて、静かに全てを呑み込んでいく。その寸前、狭間の時間。
一人きりの長屋の中。遠征ばかりのためか、あるいは別の理由か、室内の景色は自分の家だというのにちっとも馴染みがない。空々しい部屋、赤く満たす光の中で、白い書面だけが浮き上がっている。卓に無造作に置かれたそれを、ティルはじっと見つめている。
黎明とは真逆の時間だった。立てかけた棍が本物よりもずっとずっと長く伸びて、ティルに突き刺さっている。
息を吐く。短く、浅く。赤い光を掻き分けて、卓へと近寄る。ほんの短い距離を進む最中、窓から吹き込んだ温い風がティルの赤毛をやわく撫でる。跳ねた毛先が赤に泳ぐ。前髪を浮かす。褒められているような、咎められているような、そんな気分になる。白い紙面を手に取る。
赤の中に黒々と、あらゆる影が浮かび上がる。ここにはティルしかいない。隣の住人も不在なのか、どこかで砂が巻き上がるような乾いた音だけが聞こえている。己の胸の奥に押し込められた心臓の音すら、埋もれていく。
紙面を、開く。赤い光の中、一人佇む。綴られた文字と向かい合う。黒々と伸びた棍の影が、音すら立てないティルの胸を貫いている。
(ティル/風紋記)
裏切りものの時間。
閉じる
赤い光が長く伸びる。浮かび上がる影も長く伸びる。赤の中に黒々と、刺すように、墓標のように、あらゆるものが黒く長く。いずれ藍に変わって、黒く溶けて、静かに全てを呑み込んでいく。その寸前、狭間の時間。
一人きりの長屋の中。遠征ばかりのためか、あるいは別の理由か、室内の景色は自分の家だというのにちっとも馴染みがない。空々しい部屋、赤く満たす光の中で、白い書面だけが浮き上がっている。卓に無造作に置かれたそれを、ティルはじっと見つめている。
黎明とは真逆の時間だった。立てかけた棍が本物よりもずっとずっと長く伸びて、ティルに突き刺さっている。
息を吐く。短く、浅く。赤い光を掻き分けて、卓へと近寄る。ほんの短い距離を進む最中、窓から吹き込んだ温い風がティルの赤毛をやわく撫でる。跳ねた毛先が赤に泳ぐ。前髪を浮かす。褒められているような、咎められているような、そんな気分になる。白い紙面を手に取る。
赤の中に黒々と、あらゆる影が浮かび上がる。ここにはティルしかいない。隣の住人も不在なのか、どこかで砂が巻き上がるような乾いた音だけが聞こえている。己の胸の奥に押し込められた心臓の音すら、埋もれていく。
紙面を、開く。赤い光の中、一人佇む。綴られた文字と向かい合う。黒々と伸びた棍の影が、音すら立てないティルの胸を貫いている。
(ティル/風紋記)
裏切りものの時間。
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しっぽ頭はどこにでもいるのでどの尻尾にしようかな?などと考えた挙句ずれていった。まさか小倉和秀(と日向と千尋)を書く日が来るとはね… #翼角
Day27「しっぽ」 #文披31題 #小咄 #翼角
ねえ夏だよ、夏休みなんでしょ、遊ばなきゃ、ぶかつって毎日じゃないでしょう、ちーちゃんは毎日バイトなんだよ、日向はここだからしなくてもいいのに、意味ないのに、だからねえ、夏だよ、遊ぼうって言ってあげてほしいの、ちーちゃんに……
小倉和秀は真面目な高校生だった。故に歩道は縦列で歩いたし、前方の高校生もまた真面目らしく自転車を押して歩いている。乗れば軽車両で車道を走らなければならないので非常に真面目だ。校則違反のアルバイトに明け暮れて、恐らくこの夏休みは朝も昼も夜もなく労働に汗を流すのだとしても、少なくとも労働と社会貢献の視点では実に勤勉で真面目だ。
対して和秀は、学生の本分として実に真面目だった。この夏は所属するサッカー部で地区大会に出場するし、部活の前後には成績の芳しくなかった科目の補習に申し込んでいる。実に勤勉で、真面目だ。
唯一、前後に真面目な帰路に就く高校生の真ん中で、不真面目を主張する存在がある。存在がある、と称するのも不適切だが、少なくとも和秀の耳には怠惰にして健康な夏を誘う声が聞こえるし、自転車の後ろ、今時珍しい荷台に後ろ向きに腰かけて、足をぶらつかせながら和秀に訴える半透明な姿が見えている。
日向、と名乗る半透明は少女だった。パジャマを着ている。暴力的な夏の日差しを透かして、影のひとつも落とさない。いつ見てもそうだった。昔から日向は半透明で、パジャマで、影がない。つまりたぶん、幽霊だった。そしていつも和秀に向かって、ちーちゃん、の話をする。校則違反の方の勤勉で真面目な高校生、和秀が小学校からここに至るまでの十一年間、奇跡的に同じクラスに在籍し続けていて、しかし先方はちっともその事実に気づいた様子のないいわゆる幼馴染、今城千尋のことだった。
和秀の額に汗が噴き出す。幽霊の発言に怖気を覚えたわけではなく、単純に気温と湿度と日光によるものだった。アスファルトから立ち上る熱気で、日向越しに見える千尋の背中はゆらゆら歪んでいる。中学から続くオーバーサイズのカッターシャツの長袖を野暮ったく折り上げて、歪んでいる。
だから、今城、と歪んだ背中に声をかけたのもやはり、熱気で和秀の判断力が歪んでしまっていたのだと思う。うれしそうに両手を合わせる日向の向こうで、歪んだ背中が真っ直ぐに和秀を振り向いている。
(和秀と日向と千尋/翼角高校奇譚)
小倉和秀:実に健全なサッカー部所属の高校2年生。11年一緒なのに一向にこちらを特別視しない、半透明の少女をくっつけた千尋のことを奇妙に思い気にかけている。
小暮日向:千尋の背後の少女。千尋とは年長さんまで仲良しだった。自分のために生き方を歪めている千尋を心配しており、自分が見える和秀によく声をかけている。
今城千尋:アルバイトの鬼な高校2年生。11年一緒なのに和秀のことを大して認識していない。「たくさんお金があれば」手術ができて日向が元気になることだけ覚えており、日向がどうなったのかは忘れている、常に傍にいる姿も見えない。
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ねえ夏だよ、夏休みなんでしょ、遊ばなきゃ、ぶかつって毎日じゃないでしょう、ちーちゃんは毎日バイトなんだよ、日向はここだからしなくてもいいのに、意味ないのに、だからねえ、夏だよ、遊ぼうって言ってあげてほしいの、ちーちゃんに……
小倉和秀は真面目な高校生だった。故に歩道は縦列で歩いたし、前方の高校生もまた真面目らしく自転車を押して歩いている。乗れば軽車両で車道を走らなければならないので非常に真面目だ。校則違反のアルバイトに明け暮れて、恐らくこの夏休みは朝も昼も夜もなく労働に汗を流すのだとしても、少なくとも労働と社会貢献の視点では実に勤勉で真面目だ。
対して和秀は、学生の本分として実に真面目だった。この夏は所属するサッカー部で地区大会に出場するし、部活の前後には成績の芳しくなかった科目の補習に申し込んでいる。実に勤勉で、真面目だ。
唯一、前後に真面目な帰路に就く高校生の真ん中で、不真面目を主張する存在がある。存在がある、と称するのも不適切だが、少なくとも和秀の耳には怠惰にして健康な夏を誘う声が聞こえるし、自転車の後ろ、今時珍しい荷台に後ろ向きに腰かけて、足をぶらつかせながら和秀に訴える半透明な姿が見えている。
日向、と名乗る半透明は少女だった。パジャマを着ている。暴力的な夏の日差しを透かして、影のひとつも落とさない。いつ見てもそうだった。昔から日向は半透明で、パジャマで、影がない。つまりたぶん、幽霊だった。そしていつも和秀に向かって、ちーちゃん、の話をする。校則違反の方の勤勉で真面目な高校生、和秀が小学校からここに至るまでの十一年間、奇跡的に同じクラスに在籍し続けていて、しかし先方はちっともその事実に気づいた様子のないいわゆる幼馴染、今城千尋のことだった。
和秀の額に汗が噴き出す。幽霊の発言に怖気を覚えたわけではなく、単純に気温と湿度と日光によるものだった。アスファルトから立ち上る熱気で、日向越しに見える千尋の背中はゆらゆら歪んでいる。中学から続くオーバーサイズのカッターシャツの長袖を野暮ったく折り上げて、歪んでいる。
だから、今城、と歪んだ背中に声をかけたのもやはり、熱気で和秀の判断力が歪んでしまっていたのだと思う。うれしそうに両手を合わせる日向の向こうで、歪んだ背中が真っ直ぐに和秀を振り向いている。
(和秀と日向と千尋/翼角高校奇譚)
小倉和秀:実に健全なサッカー部所属の高校2年生。11年一緒なのに一向にこちらを特別視しない、半透明の少女をくっつけた千尋のことを奇妙に思い気にかけている。
小暮日向:千尋の背後の少女。千尋とは年長さんまで仲良しだった。自分のために生き方を歪めている千尋を心配しており、自分が見える和秀によく声をかけている。
今城千尋:アルバイトの鬼な高校2年生。11年一緒なのに和秀のことを大して認識していない。「たくさんお金があれば」手術ができて日向が元気になることだけ覚えており、日向がどうなったのかは忘れている、常に傍にいる姿も見えない。
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Day26「悪夢」 #文披31題 #小咄 #トウジンカグラ
何度見ても見慣れない。腹の底からせり上がる不快感と嘔気を堪えながら見下ろす。
くすんで濁った黄金色が、茫洋として宙を見つめている。刻が覗き込もうと、揺さぶろうと、軽く頬を叩こうと微動だにしない。口元に手を翳すと、辛うじて息をしているとわかる。それとて気のせいかと思えるほどに弱い。襟を緩く開いた胸の上下もあまりになだらかで、刻でなければ死んでいると思うだろう。飾ならば無感動に処分してしまうのだろうと考えが過ぎったが、現実は処分ほどにもこれを気にかけてはいなかった。
抱え上げる。生きたいと願ったはずの目玉と、ぐちゃぐちゃに潰れて弾けた肉片から年月を経てできあがった肉体は重いが、刻からするとあまりにも軽い。手足ばかりが細く伸び、刀刃を振るえるような肉はちっとも足りない。そのくせ生きる術を身に着けたこの身体は胸元と尻にばかり肉をつけて、あまりに歪なかたちになっている。
そうしたのは誰か。形ばかりはできあがりつつある肉体を腕に、刻はわずかに瞑目する。
こうすれば生きてゆけるのだと、学び始めたばかりの肉体は精気を失っている。試行する度、巧く精を得る術をこの身は覚えている。いずれこんな風に、見誤って動けなくなることもなくなるのだろう。艶然と笑って、己を貪らせるだけの言葉を覚えて、生きるに足るだけの精を他人から搾り取って、啜って、呑み込んで、生きていけるようになる。
それは、人として生きていけると呼べるのだろうか。
考えるだけ無駄だった。こうして命を続ける術をこの身に知らしめたのは刻で、これから虚ろになったこの子どもを抱え上げて己の房に運び入れて組み敷いて、犯して精を注ぐのも刻なのだから。
何度見ても見慣れない。あるいはいつか見なくなるのだろうか。いずれにしろ子どもに救いはなく、刻には救いを求める権もない。
(刻と火群/トウジンカグラ)
未だ終わらない悪夢。
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何度見ても見慣れない。腹の底からせり上がる不快感と嘔気を堪えながら見下ろす。
くすんで濁った黄金色が、茫洋として宙を見つめている。刻が覗き込もうと、揺さぶろうと、軽く頬を叩こうと微動だにしない。口元に手を翳すと、辛うじて息をしているとわかる。それとて気のせいかと思えるほどに弱い。襟を緩く開いた胸の上下もあまりになだらかで、刻でなければ死んでいると思うだろう。飾ならば無感動に処分してしまうのだろうと考えが過ぎったが、現実は処分ほどにもこれを気にかけてはいなかった。
抱え上げる。生きたいと願ったはずの目玉と、ぐちゃぐちゃに潰れて弾けた肉片から年月を経てできあがった肉体は重いが、刻からするとあまりにも軽い。手足ばかりが細く伸び、刀刃を振るえるような肉はちっとも足りない。そのくせ生きる術を身に着けたこの身体は胸元と尻にばかり肉をつけて、あまりに歪なかたちになっている。
そうしたのは誰か。形ばかりはできあがりつつある肉体を腕に、刻はわずかに瞑目する。
こうすれば生きてゆけるのだと、学び始めたばかりの肉体は精気を失っている。試行する度、巧く精を得る術をこの身は覚えている。いずれこんな風に、見誤って動けなくなることもなくなるのだろう。艶然と笑って、己を貪らせるだけの言葉を覚えて、生きるに足るだけの精を他人から搾り取って、啜って、呑み込んで、生きていけるようになる。
それは、人として生きていけると呼べるのだろうか。
考えるだけ無駄だった。こうして命を続ける術をこの身に知らしめたのは刻で、これから虚ろになったこの子どもを抱え上げて己の房に運び入れて組み敷いて、犯して精を注ぐのも刻なのだから。
何度見ても見慣れない。あるいはいつか見なくなるのだろうか。いずれにしろ子どもに救いはなく、刻には救いを求める権もない。
(刻と火群/トウジンカグラ)
未だ終わらない悪夢。
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Day25「じりじり」 #文披31題 #小咄 #翼角
世界の全てを喰べ尽くして。
真っ暗の世界に、たった一つの光。それは決して明かりなどもたらさず、赤く蕩けた陽光に似て佇んでいる。灼熱だけをもたらして哄笑を謳う。己を注いで呑み尽くし喰らい尽くした無色の器――人と呼べるときには確か、本郷大和と呼ばれていた――を無造作に爪先に転がして、真っ暗の世界の真ん中に佇んでいる。
膚が焦げる。生き残った人間たちがいずれここに辿り着いて、この光を滅し誅し戮するまでにいくらもない。純然たる事実だった。鬼道ナナキという人の身を捨て、幾百の年月の末目覚めたとて理解しているだろうに。
もう空っぽになった、本郷大和だったものを眺めながら考える。その思考も焦がされて、灰になって流れていく。
「――月影」
己を呼ぶ声。ゆっくりと、どろりと流れ出る赤い陽光を見上げる。
二本角を戴く鬼がいる。かつてただの人だった存在。遠いとおいあの日に月影が我が身を喰わせた愛しい人間。人の身を捨て、傲岸にも月影に名を与えた鬼。月影を天から引きずり下ろして地に繋ぎ止めて貪って、そのくせ都合よく打ち捨てた男。
ずっと待っていた。只人の中で脈々と眠り続けるこの男を。遂に鬼道ナナキという人の身に降りた鬼を。待つ道理もないことを理解しながら、この男でなければいけないのだと焦がれていた。
この熱に、また都合よく焦がされるのならば。ただ見下ろすだけの鬼に、失った天に、唯一の光に手を伸ばす。陽生、と呼んだ声は熱に浮かされて掠れて消えて、月影自身も赤の陽光に蕩けていく。この男の傍らでならば、全てを滅ぼそうと、あるいはいずれ滅びようとも構わない。やっと、やっとこの時が。
(陽生×月影/翼角高校奇譚)
翼角のバッドエンド(ジェノサイダー鷹臣エンド)、月影のハッピーエンド。
全創作込みなら絶対に一つはここを書くだろうという確信しかなかったひせげつ。
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世界の全てを喰べ尽くして。
真っ暗の世界に、たった一つの光。それは決して明かりなどもたらさず、赤く蕩けた陽光に似て佇んでいる。灼熱だけをもたらして哄笑を謳う。己を注いで呑み尽くし喰らい尽くした無色の器――人と呼べるときには確か、本郷大和と呼ばれていた――を無造作に爪先に転がして、真っ暗の世界の真ん中に佇んでいる。
膚が焦げる。生き残った人間たちがいずれここに辿り着いて、この光を滅し誅し戮するまでにいくらもない。純然たる事実だった。鬼道ナナキという人の身を捨て、幾百の年月の末目覚めたとて理解しているだろうに。
もう空っぽになった、本郷大和だったものを眺めながら考える。その思考も焦がされて、灰になって流れていく。
「――月影」
己を呼ぶ声。ゆっくりと、どろりと流れ出る赤い陽光を見上げる。
二本角を戴く鬼がいる。かつてただの人だった存在。遠いとおいあの日に月影が我が身を喰わせた愛しい人間。人の身を捨て、傲岸にも月影に名を与えた鬼。月影を天から引きずり下ろして地に繋ぎ止めて貪って、そのくせ都合よく打ち捨てた男。
ずっと待っていた。只人の中で脈々と眠り続けるこの男を。遂に鬼道ナナキという人の身に降りた鬼を。待つ道理もないことを理解しながら、この男でなければいけないのだと焦がれていた。
この熱に、また都合よく焦がされるのならば。ただ見下ろすだけの鬼に、失った天に、唯一の光に手を伸ばす。陽生、と呼んだ声は熱に浮かされて掠れて消えて、月影自身も赤の陽光に蕩けていく。この男の傍らでならば、全てを滅ぼそうと、あるいはいずれ滅びようとも構わない。やっと、やっとこの時が。
(陽生×月影/翼角高校奇譚)
翼角のバッドエンド(ジェノサイダー鷹臣エンド)、月影のハッピーエンド。
全創作込みなら絶対に一つはここを書くだろうという確信しかなかったひせげつ。
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お前を…までしか言えない話題のLINEスタンプ…買うか…! #版権作品
当時の映像の繋ぎ合わせかと思ったら…RHYTHM EMOTIONが始まるところから新規映像だ!!!!わけがわからん!!!!ちょっとセル画の雰囲気残した令和の新規絵像どういうことだ!?!?サンライズの余力がすごいな!! #版権作品
ヒイロだけ初期の格好でもEWの格好でもないジーンズに白パーカー着せてもらってるとこに人間的成長を遂げたヒイロ・ユイを感じてとてもいいしヒイロのお父さんとか五飛の許嫁が映像になったの初めてでは?あとFTは含まれてなくてホッとする自分がいる
ラストのいつもの(・ω⊂)からの流れるような自爆スイッチは数秒遅れて笑えばいいのかワァ!て喜べばいいのかわからなくて困る
ヒイロだけ初期の格好でもEWの格好でもないジーンズに白パーカー着せてもらってるとこに人間的成長を遂げたヒイロ・ユイを感じてとてもいいしヒイロのお父さんとか五飛の許嫁が映像になったの初めてでは?あとFTは含まれてなくてホッとする自分がいる
ラストのいつもの(・ω⊂)からの流れるような自爆スイッチは数秒遅れて笑えばいいのかワァ!て喜べばいいのかわからなくて困る
何も考えてないから撫でられ待ちルクシレと花載っけてるルクシレだいたい同じになっちゃうしこのパターンでジョジョチャンを描くことを考えてなかったしそもそもミコトさんたちには外見が設定されていないウオーッ然るべきところでキャラクターデザイン依頼を出しておくべきでしたね…
そもそも絵でも描いてみるのは文披企画に対する冒涜ではないでしょうか?
そもそも絵でも描いてみるのは文披企画に対する冒涜ではないでしょうか?
やっと初めて満足のできるちょうちょ結びのおさげ野郎と俺の可愛い以下略が描けてうれしいのでわざわざ画像呼び出しちゃう
でも巫山戯たちょうちょ結びのおさげ野郎が最近不足しているのではないでしょうか?その謎を追うため我々取材班は絵を描く技術があるならYOASOBIのUNDEADパロディ描いてるんだよなあと呟きながら南米のアマゾン奥地へと向かった―― #王女と騎士
でも巫山戯たちょうちょ結びのおさげ野郎が最近不足しているのではないでしょうか?その謎を追うため我々取材班は絵を描く技術があるならYOASOBIのUNDEADパロディ描いてるんだよなあと呟きながら南米のアマゾン奥地へと向かった―― #王女と騎士
ティルは今以て何も見なくても勝手に手が動く!描ける!触覚は2本!
カイちゃんも何も見なくても描けるけど君は成人男性なんだよな…と思うとこのかわいい舞姫ファッションにソワソワしてしまうようになり #リボ
カイちゃんも何も見なくても描けるけど君は成人男性なんだよな…と思うとこのかわいい舞姫ファッションにソワソワしてしまうようになり #リボ
一日家から出ずに文豪ストレイドッグス垂れ流しながららくがきをして一日が終わったしトータル1クール分見たけどウッカリ3期まで辿り着いて十五歳始まってウワーッ小説原作読んでからいくか…!?て悩んだけどここは…ここはそこまでではない…!と切り替えてしかし原作読んでるから垂れ流し横目でもいいのであって未読だと視聴のために手が止まることになりとりあえず作中でDEAD APPLEについて言及したところまで来たのでDEAD APPLE見ていいぞ!ヨッシャ! #版権作品
>2401肩部分露出した男が4人縦並びになってることに気づいてンッフフwってなった。昔も今も変わらぬセンス
Day24「爪先」 #文披31題 #小咄 #王女と騎士
王宮内で一番高いところ。尖塔は鐘を戴き、王城のみならず城下の全てに王の偉業と刻を告げる。
不遜にもその鐘を足下に、急傾斜の先、天に刺す針のように尖った先端に少年――シーレは立っている。
咎められることではなかった。咎められるどころか、己を育て鍛え上げる師に命じられたことだ。
びゅうびゅうと風が吹いて、銀の髪を引っ張ってそのままシーレを地面に引きずり下ろそうとしている。踵だけで踏ん張るようにして、シーレはその場に留まってた。狭いそこで、ようよう馴染んできた軍靴の先は空を踏んでいる。もう後いくらも立ってられないだろう。未熟の証左だが、今はそれでよかった。
シーレはここから、飛ばなければならない。
急傾斜の屋根に隠れて地面は見えない。石畳の上では、師が足裏をしっかとつけてシーレの降下を待っている。未熟な己を危惧して魔術師たちもいくらか配置されている。中には若干にして類い希なる才を誇る少年魔術師もいるはずだ。彼は自身で細工を施したシーレの武器が、今から発揮する成果を心待ちにしていることだろう。
今から、飛ばなければならない。
魔術師たちが加護を施した武器と、王国軍が受け継ぎ鍛え上げた技術があれば、この程度の高さなど。自由に、駆けるように、滑るように羽のように降下できるはずだ。でなければ王女殿下の近衛騎士など務まらない。つまりここから飛ぶことは、シーレにとって一つの試練だった。ここで生きていてもいいのか、自身に価値があるのか、という物差しの。
手首を振る。ナイフと共にじゃらりと細い鎖が袖から零れる。風になぶられてぶらぶらと揺れている。
足先の裏を風が撫でる。簡単なことだ、少し膝に力を入れるだけ。踵を離して、空へ身を投げるだけ。すると自由になる。ただ落ちるだけの体を、鎖でどこかに繋いできれいに着地する。そうすれば騎士として許されて、シーレの価値は証明される。
でもそれは、鎖で繋いで、縛って、結局不自由なのではないだろうか。ふと気づいた瞬間だけ、シーレは自由だった。体の全部を空に投げ出して、飛ぶ。その瞬間だけは。
(シーレ/王女と騎士)
「おちちゃった!」のシーレ側
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王宮内で一番高いところ。尖塔は鐘を戴き、王城のみならず城下の全てに王の偉業と刻を告げる。
不遜にもその鐘を足下に、急傾斜の先、天に刺す針のように尖った先端に少年――シーレは立っている。
咎められることではなかった。咎められるどころか、己を育て鍛え上げる師に命じられたことだ。
びゅうびゅうと風が吹いて、銀の髪を引っ張ってそのままシーレを地面に引きずり下ろそうとしている。踵だけで踏ん張るようにして、シーレはその場に留まってた。狭いそこで、ようよう馴染んできた軍靴の先は空を踏んでいる。もう後いくらも立ってられないだろう。未熟の証左だが、今はそれでよかった。
シーレはここから、飛ばなければならない。
急傾斜の屋根に隠れて地面は見えない。石畳の上では、師が足裏をしっかとつけてシーレの降下を待っている。未熟な己を危惧して魔術師たちもいくらか配置されている。中には若干にして類い希なる才を誇る少年魔術師もいるはずだ。彼は自身で細工を施したシーレの武器が、今から発揮する成果を心待ちにしていることだろう。
今から、飛ばなければならない。
魔術師たちが加護を施した武器と、王国軍が受け継ぎ鍛え上げた技術があれば、この程度の高さなど。自由に、駆けるように、滑るように羽のように降下できるはずだ。でなければ王女殿下の近衛騎士など務まらない。つまりここから飛ぶことは、シーレにとって一つの試練だった。ここで生きていてもいいのか、自身に価値があるのか、という物差しの。
手首を振る。ナイフと共にじゃらりと細い鎖が袖から零れる。風になぶられてぶらぶらと揺れている。
足先の裏を風が撫でる。簡単なことだ、少し膝に力を入れるだけ。踵を離して、空へ身を投げるだけ。すると自由になる。ただ落ちるだけの体を、鎖でどこかに繋いできれいに着地する。そうすれば騎士として許されて、シーレの価値は証明される。
でもそれは、鎖で繋いで、縛って、結局不自由なのではないだろうか。ふと気づいた瞬間だけ、シーレは自由だった。体の全部を空に投げ出して、飛ぶ。その瞬間だけは。
(シーレ/王女と騎士)
「おちちゃった!」のシーレ側
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Day23「探偵」 #文披31題 #小咄 #35103
ヴィッテちゃんのおべんとうがなくなった! 鍋を叩く音が響いた後、下町学校のちいさな教室は大さわぎとなった。
子どもたちは机で眠り続けるマオを除いて、みんなで教室中を探し回る。見つかったのは廊下の手洗い場、伏せて並べられた、空っぽになってきれいに洗われたおべんとうばこだけだった。
犯人は誰だ、近所ののらねこがいつの間にか忍び込んで盗んでいったのかも。もしかするとグレイが空腹のあまり盗み食いをしたのかも。子どもたちは大さわぎをしたが、だんだんお昼の時間が少なくなっていくのに気づくと静かになっていく。自分のおべんとうが消えてしまう前に食べないといけないし、遊ぶ時間もなくなってしまう。
おなかを抱えてしょんぼりするヴィンギローテに、ミコトは自分のおべんとうを半分あげた。ほんとうは、ミコトは口から何かを食べなくても問題ない。だからおべんとうを丸ごとあげてもよかったのだけれど、ヴィンギローテが遠慮する、とはこっそりとトワから言われたことだった。それに、ミコトが少しも食べないと今日もおべんとうを作ってくれたハヤトが悲しむような気がしたのだ。だからミコトはおべんとうの半分をしょんぼりするヴィンギローテにあげて、トワも数段重ねたおべんとうの一段一段から少しずつヴィンギローテにおかずをあげた。三人並んで同じおべんとうを食べて、ヴィンギローテはおいしいねと笑った。ミコトはやっと口から『食べる』ことに慣れてきたところだったけれど、たしかに、今日はいつもよりおいしいおべんとうだった気がした。ハヤトがとってもおいしく作ってくれたのだろうか?
教室に戻ると、やっと目を覚ましたマオが大きくあくびをしているところだった。おべんとうの話をするとみるみるうちにしょんぼりして、やっぱりもらわなかったらよかったね、ごめんねとヴィンギローテに謝っていた。そこでやっとヴィンギローテは、朝からおなかが空いたとしょげるマオに自分のおべんとうを丸ごとあげたことを思い出した。今日のおべんとうの魚は焼きすぎで好きじゃないから、と話していたことも思い出したが、ミコトとトワの譲った焼き魚はおいしかったことも一緒に思い出していた。
(下町学校組/セーレーシュのミコトさん)
下町探偵団!おべんとうはみんなで食べるとおいしいことを発見!
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ヴィッテちゃんのおべんとうがなくなった! 鍋を叩く音が響いた後、下町学校のちいさな教室は大さわぎとなった。
子どもたちは机で眠り続けるマオを除いて、みんなで教室中を探し回る。見つかったのは廊下の手洗い場、伏せて並べられた、空っぽになってきれいに洗われたおべんとうばこだけだった。
犯人は誰だ、近所ののらねこがいつの間にか忍び込んで盗んでいったのかも。もしかするとグレイが空腹のあまり盗み食いをしたのかも。子どもたちは大さわぎをしたが、だんだんお昼の時間が少なくなっていくのに気づくと静かになっていく。自分のおべんとうが消えてしまう前に食べないといけないし、遊ぶ時間もなくなってしまう。
おなかを抱えてしょんぼりするヴィンギローテに、ミコトは自分のおべんとうを半分あげた。ほんとうは、ミコトは口から何かを食べなくても問題ない。だからおべんとうを丸ごとあげてもよかったのだけれど、ヴィンギローテが遠慮する、とはこっそりとトワから言われたことだった。それに、ミコトが少しも食べないと今日もおべんとうを作ってくれたハヤトが悲しむような気がしたのだ。だからミコトはおべんとうの半分をしょんぼりするヴィンギローテにあげて、トワも数段重ねたおべんとうの一段一段から少しずつヴィンギローテにおかずをあげた。三人並んで同じおべんとうを食べて、ヴィンギローテはおいしいねと笑った。ミコトはやっと口から『食べる』ことに慣れてきたところだったけれど、たしかに、今日はいつもよりおいしいおべんとうだった気がした。ハヤトがとってもおいしく作ってくれたのだろうか?
教室に戻ると、やっと目を覚ましたマオが大きくあくびをしているところだった。おべんとうの話をするとみるみるうちにしょんぼりして、やっぱりもらわなかったらよかったね、ごめんねとヴィンギローテに謝っていた。そこでやっとヴィンギローテは、朝からおなかが空いたとしょげるマオに自分のおべんとうを丸ごとあげたことを思い出した。今日のおべんとうの魚は焼きすぎで好きじゃないから、と話していたことも思い出したが、ミコトとトワの譲った焼き魚はおいしかったことも一緒に思い出していた。
(下町学校組/セーレーシュのミコトさん)
下町探偵団!おべんとうはみんなで食べるとおいしいことを発見!
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いやこんなに楽で優雅だと鈍ってしまうのでもう少しあくせくした方がいいそれはそう
て投稿しようとした瞬間職員室に押し入られた
職員がみんないて比較的自立した児童が多い日、最高。ひさしぶりに優雅な昼休憩取っている…常にこうであれ…
レイヴ×ファリルだと昔は思っていたがファリル×レイヴも圧倒的にありえるな…とそこの2011年あたりからはもう思い始めている #リボ
アルフォードさんはナスがきらい #リボ













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