No.2416

Day27「しっぽ」 #文披31題 #小咄 #翼角

 ねえ夏だよ、夏休みなんでしょ、遊ばなきゃ、ぶかつって毎日じゃないでしょう、ちーちゃんは毎日バイトなんだよ、日向はここだからしなくてもいいのに、意味ないのに、だからねえ、夏だよ、遊ぼうって言ってあげてほしいの、ちーちゃんに……
 小倉和秀は真面目な高校生だった。故に歩道は縦列で歩いたし、前方の高校生もまた真面目らしく自転車を押して歩いている。乗れば軽車両で車道を走らなければならないので非常に真面目だ。校則違反のアルバイトに明け暮れて、恐らくこの夏休みは朝も昼も夜もなく労働に汗を流すのだとしても、少なくとも労働と社会貢献の視点では実に勤勉で真面目だ。
 対して和秀は、学生の本分として実に真面目だった。この夏は所属するサッカー部で地区大会に出場するし、部活の前後には成績の芳しくなかった科目の補習に申し込んでいる。実に勤勉で、真面目だ。
 唯一、前後に真面目な帰路に就く高校生の真ん中で、不真面目を主張する存在がある。存在がある、と称するのも不適切だが、少なくとも和秀の耳には怠惰にして健康な夏を誘う声が聞こえるし、自転車の後ろ、今時珍しい荷台に後ろ向きに腰かけて、足をぶらつかせながら和秀に訴える半透明な姿が見えている。
 日向、と名乗る半透明は少女だった。パジャマを着ている。暴力的な夏の日差しを透かして、影のひとつも落とさない。いつ見てもそうだった。昔から日向は半透明で、パジャマで、影がない。つまりたぶん、幽霊だった。そしていつも和秀に向かって、ちーちゃん、の話をする。校則違反の方の勤勉で真面目な高校生、和秀が小学校からここに至るまでの十一年間、奇跡的に同じクラスに在籍し続けていて、しかし先方はちっともその事実に気づいた様子のないいわゆる幼馴染、今城千尋のことだった。
 和秀の額に汗が噴き出す。幽霊の発言に怖気を覚えたわけではなく、単純に気温と湿度と日光によるものだった。アスファルトから立ち上る熱気で、日向越しに見える千尋の背中はゆらゆら歪んでいる。中学から続くオーバーサイズのカッターシャツの長袖を野暮ったく折り上げて、歪んでいる。
 だから、今城、と歪んだ背中に声をかけたのもやはり、熱気で和秀の判断力が歪んでしまっていたのだと思う。うれしそうに両手を合わせる日向の向こうで、歪んだ背中が真っ直ぐに和秀を振り向いている。
(和秀と日向と千尋/翼角高校奇譚)

小倉和秀:実に健全なサッカー部所属の高校2年生。11年一緒なのに一向にこちらを特別視しない、半透明の少女をくっつけた千尋のことを奇妙に思い気にかけている。
小暮日向:千尋の背後の少女。千尋とは年長さんまで仲良しだった。自分のために生き方を歪めている千尋を心配しており、自分が見える和秀によく声をかけている。
今城千尋:アルバイトの鬼な高校2年生。11年一緒なのに和秀のことを大して認識していない。「たくさんお金があれば」手術ができて日向が元気になることだけ覚えており、日向がどうなったのかは忘れている、常に傍にいる姿も見えない。

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