No.2360

Day18「交換所」 #文披31題 #小咄 #王女と騎士

 貨幣が流通していない訳ではない。しかしながら物と物、あるいは労働力を対価にする方が早いとは早々に思い知った。でなければ話が長くなるか居たたまれなくなる。口が回る方ではなかったから上手く流すこともできないし、立場を笠に着てきっぱりと断ることもできなかった。
 以上により、赴任してこの方、村内で貨幣を使った例しがない。それどころか善意の手伝いに物的な礼がついてきて、物事の順序が逆にすらなっている。無論、ならば手伝いをやめるという選択肢もない。
「今日はまた、何があってどうなったんだ、それは」
 ならばこそ、無法な村医の驚きと呆れと笑いを混ぜて漉したような声は当然で、そして困ったことに聞き慣れたものだった。
「……わかんない」答えれば今度は笑いだけが返ってきた。「わかんないか」「うん」
 そういうことにしておく。頷いた拍子に、白い花弁がいくらか散った。
 己の頭には、白い花を編んだ冠が載せられている。のみならず両手にも同じ花が束になって抱えられていた。上半身が花に埋まっているようですらある。腰の悪い老夫婦の畑仕事を手伝っていたら、村を出た息子夫婦に置き去りにされた孫娘とその友人に囲まれ最後はこの有様、とは、村医も薄ら把握しているところだろう。
 腕の中の花がいくらか抜き取られた。民間療法に過ぎないが煎じれば薬の真似になる、そう笑いながら囁いている。
 不意に、その笑いに反抗心が湧いた。正直なところ花を引き取ってくれるのはありがたい、こんなにたくさんあっても枯らしてしまうだけだから。だがしかし、この花は畑仕事の対価に少女たちから得たものである。ならば形だけでもただでくれてやるのは少しばかり悔しい――惜しいかも知れない。
「お代」受け取る手も塞がっている。ので、幾分か高い位置にある相手へ顔を向けた。後から思えば、この苦笑に拗ねていたのかも知れない。上手くやれず花に埋もれる己を恥じる気持ちを、笑う相手のせいにして覆い隠した。それがいけなかった。
 空色の瞳が丸く開かれた。それから細められて、また笑う。拗ねて尖る唇を笑って、目がけてくる。
 白い花弁が盛大に散った。二人の間に挟まれてやんわりと潰れて、そんなこと気にも留められない。惜しんだ花が散っていくのに。唇をなぞって撫でた熱に、おつりが要るかも知れない、などと考える自分だから笑われるのだろう。
(ルークとシーレ/王女と騎士)

かわいがられている。
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