No.2343

Day15「解読」 #文披31題 #小咄 #王女と騎士

 一日の終わりあたりに、今日は何をした、という話をする。
 それは他愛もない雑談の成りをして、その実、慎重を期した情報収集だった。話を振るこちらは真実の全てを決して話しはしない、それに引き替え若き監督官殿は宙を見上げて指を折る。夜の寒村、室内で頼りになる明かりなど俺の灯した魔術照明しかない。そこに今日の一日が映り込んででもいるかのように、目を細めて見上げながら一日を振り返っている。
 曰く、村内の見廻り、三日前にぎっくり腰になった爺さんの荷車の修理、村で一番腰の曲がった婆さんのところで薪割り、子どもたちの山狩りの付き添い、漁師の爺さんたちと仕掛けた罠のチェックと修繕。成程、王宮から派遣された若き監督官殿らしい仕事ぶりである。島の通過時期ではないから航路の監視がないのは理解できるとして、全く素晴らしい。
 ――というようなことを、俺は極めて婉曲に表現した。お前が手伝ってくれて、村の連中も感謝してるよ、そんな感じに。
 特に肯定は返ってこなかったし、否定めいた謙遜も聞こえなかった。ただ温い沈黙があった。その不自然な会話の隙間に、手慰みのように整理していた薬品箱から会話相手へ視線を転じた。
 少年とは決して呼べないが、成人と聞くと唸りたくなる。監督官はそういった年頃の男だった。それがじいっと、何を言うでもなく俺を見つめていた。どこかぼんやりもした視線だった。もしも指摘すればハッとして取り止めるだろう、その程度の無意識に違いなかった。
 けれど俺は、肩書きばかり立派な子どもの視線に意味を見出してしまう。野放図に伸びる銀髪が暖色の照明の下、やわらかくまろく佇んでいる。俺よりも幾分低い位置にある頭の天辺を見つめる。そこに何かが収まるべきのように思える。
 俺の手が動いたのも、そういったものに看過された無意識に違いなかった。ありがとうな、だったか、助かるよ、だったか、とにかくそういった類いのことばが唇から滑り落ちていた。銀色の光彩が細められて、密かな喜色を滲ませていた。だからこれで正解だったのだと思う。思うが、それは正解でいいのだろうか?
(ルークとシーレ/王女と騎士)

それを読み解けてしまう時点でもう不正解。
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