No.2426

Day30「花束」 #文披31題 #小咄 #リボ

 抜けるような青空を背負って、石塔が聳え立つ。見上げる程に高いそれをどう思っているのか、自分でもわからない。悲しい、とはもちろん違う気がするし、昔のような腹立たしさも、今はもうない気がする。畏れというには近すぎて、懐かしいと呼ぶには遠かった。
 視線を天から前へと転じる。己が寝転がってもまだ余裕があるような供物台には、色とりどりの花がいくつも並んで埋め尽くされていた。一体華安のどこで育てられているのかわからないような豪奢な花々もあれば、ここまでの道中、山野の中でひそりと息づいているような楚々とした花も並んでいる。大なり小なり不揃いな花々は、それだけ様々な立場の人たちに偲ばれている証左だと思う。
 そして己の供えるものといえば、何もない。使い込んだ革の手袋に覆われた手は空っぽだった。少年はあまりに大きな石塔の前にしゃがみ込んで、それから空っぽの両手を合わせた。
 目を閉じて思う。何を、ということもない。だってわからない。だから少年は、日記でも記すように今の日々のことを心に綴る。今朝食べたもののこと、友人や仲間たちのこと、母がそちらにいるかどうか、これから自分はどこへ向かうのか。師にも兄にも似た青年から譲られた、古ぼけた肩布のこと。未だ頼りない背中に、背負おうと思うもののこと。
 目を開く。やわらかな風が、ゆるりと渦巻く。色とりどり、大小様々の花が揺れて、ざわめいて、ちいさな花弁を零していく。
「――故人の偲び方は知ってるんだな」
 少年が口を開いた。風と共に現れたのか、少年とも少女ともつかないちいさな人影が傍らにしゃがみ込んでいた。少年と同じように空っぽの両手を合わせて、じっと石塔を見上げている。
「知識としては知っているが、違う」見た目に反して、どこか古めかしい声が応えた。ちいさな翼を耳元で揺らし、ゆるりと少年へ視線を転じた。何よりも鮮やかで瑞々しいみどりいろが、命のざわめきを湛えていた。「お前の真似をしている」
 は、と息を吐いた。じいと少年を見つめる瞳はきらきらと美しく、何か雄弁な笑みを口元に湛えている。みどりの現し身がこんな風に笑うのを、少年は初めて見た気がした。空っぽの背中はそのまま飛んで行けそうなのに、少年と同じように故人を前に丸まっている。
 それだけで、ぎゅっと何かが込み上げてくる。腹の底を、心の臓を、喉元を。零れないように天を見上げる。石塔の天辺が青い空を背に佇んでいる。その姿が眩しくて、じわりと目元が熱くなる。空っぽの手のひらの代わりに、はらはらと透明な花びらが散っていく。みどりいろは何も言わずに、そっと少年に寄り添って目を閉じていた。まるでこの世にもうない声を聞くように、あるいは今初めて、この世に生まれた少年の産声を記憶するように。
(ティルとミドリ/風紋記)

仲間と共に父を背負う。
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