Day14「浮き輪」 #文披31題 #小咄 #翼角 開く 溺れる者は何とやら。 とはいえ、掴んではいけないものもあるのではないか。本郷大和が後悔したのは救出が為された後だった。 見上げた水面は夜の中、逆光の輪郭だけを描いていた。救いを求めて伸ばした己が手の輪郭すら曖昧で、光輪めいて淡い影だけがその瞬間のよすがだったのだ。引き上げられた陸の上で水を吐いて咳き込みながら、やっと大和は己を救った者を見た。つまり後悔した。 「――山伏より俺を選ぶなんて、随分賢くなったじゃねぇか。ん? 大和」 「――げ、きっ……!」 思わず漏れた声は再び咳き込む合間に消える。朧月に淡い色素の髪を溶かす同級生はあまりにも、あまりにも機嫌よくしゃがみ込み大和の背を擦る。否、叩く。そうかそうか元気かよかったな、など心にもないことを呟きながら、そして傍らの月を見上げた。 「月影」 夜闇と月光から滲み出るように現れる人影。人、などではないことは大和も理解している。夜の高校のプールサイドにはあまりに違和感のある着流し姿に、胸元はゆうに超えて伸ばされた髪。尖った耳に、伏せがちな人ならざる色彩の瞳。その静かな熱は名を呼んだ少年にだけ注がれている。 その熱など知らぬげに、歌うように、主たる少年は己の鬼に告げた。 「片付けろ」 応える声はない。ただ大和の頬をやわい風が通り抜けて、続けてぞわりと、全身が総毛立つ。大和の背を戯れに支える少年だけは平然と笑みを浮かべ、これから起こる人外の所業を眺めている。 (大和とナナキと月影/翼角高校奇譚) 気をつけろ大和!ナナキルートだ! 閉じる 2025.7.15(Tue) 03:22:38 ネタ
溺れる者は何とやら。
とはいえ、掴んではいけないものもあるのではないか。本郷大和が後悔したのは救出が為された後だった。
見上げた水面は夜の中、逆光の輪郭だけを描いていた。救いを求めて伸ばした己が手の輪郭すら曖昧で、光輪めいて淡い影だけがその瞬間のよすがだったのだ。引き上げられた陸の上で水を吐いて咳き込みながら、やっと大和は己を救った者を見た。つまり後悔した。
「――山伏より俺を選ぶなんて、随分賢くなったじゃねぇか。ん? 大和」
「――げ、きっ……!」
思わず漏れた声は再び咳き込む合間に消える。朧月に淡い色素の髪を溶かす同級生はあまりにも、あまりにも機嫌よくしゃがみ込み大和の背を擦る。否、叩く。そうかそうか元気かよかったな、など心にもないことを呟きながら、そして傍らの月を見上げた。
「月影」
夜闇と月光から滲み出るように現れる人影。人、などではないことは大和も理解している。夜の高校のプールサイドにはあまりに違和感のある着流し姿に、胸元はゆうに超えて伸ばされた髪。尖った耳に、伏せがちな人ならざる色彩の瞳。その静かな熱は名を呼んだ少年にだけ注がれている。
その熱など知らぬげに、歌うように、主たる少年は己の鬼に告げた。
「片付けろ」
応える声はない。ただ大和の頬をやわい風が通り抜けて、続けてぞわりと、全身が総毛立つ。大和の背を戯れに支える少年だけは平然と笑みを浮かべ、これから起こる人外の所業を眺めている。
(大和とナナキと月影/翼角高校奇譚)
気をつけろ大和!ナナキルートだ!
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