Day16「にわか雨」 #文披31題 #小咄 #翼角 開く 自分は空――カラだ。空でいい。空であるべき、だった。 無道を名乗るのであれば。そんな矛盾にはとうに気づいていて、ならばもう旧きだけを縁にした時代錯誤の存在など本当に消えてしまえばいいのだと己に存在を関したのが先の春。たった一人、約束の子どもを守護するためだけに、己は『無道空』だった。 と、去年を振り返りながらまるいつむじを見下ろす。子どもは資料室の床、無道の足下に無造作にしゃがみ込んで低い声で呟いている。無道の適当な相槌に気づくこともなく、真宮が、俺だって、あいつはいつも、そんなことをずっと垂れ流していた。青少年の真摯な悩みで、愚痴で、もしかすると惚気だった。 適当な相槌を続けながら、施錠せず閉じただけの扉に視線を向ける。何分あれは何もかも隠さないから、恐らく無道でなくても見えない接近に気づくだろう。当の子どもだけは気づかないのだが。 その、年齢相応で、ほんの少しで揺らいではその度に強固になってゆく関係を笑う。そんなところにばかり気づいた子どもがむっとした様子で顔を上げて、無遠慮に開け放たれた扉に肩を跳ねさせるまであと少し。目の前で子どもたちの言い合いが始まるまではもうしばらく。 自分は空だ。そのはずだった。けれど今はもう、荒れては凪ぐ雲模様を見下ろす空のようだとすら思う。その事実にまた可笑しくなって笑うが、扉が開け放たれた音に掻き消され誰にも気づかれることはなかった。 (無道と大和/翼角高校奇譚) 空、くう、から、そら。 閉じる 2025.7.16(Wed) 02:33:22 ネタ
自分は空――カラだ。空でいい。空であるべき、だった。
無道を名乗るのであれば。そんな矛盾にはとうに気づいていて、ならばもう旧きだけを縁にした時代錯誤の存在など本当に消えてしまえばいいのだと己に存在を関したのが先の春。たった一人、約束の子どもを守護するためだけに、己は『無道空』だった。
と、去年を振り返りながらまるいつむじを見下ろす。子どもは資料室の床、無道の足下に無造作にしゃがみ込んで低い声で呟いている。無道の適当な相槌に気づくこともなく、真宮が、俺だって、あいつはいつも、そんなことをずっと垂れ流していた。青少年の真摯な悩みで、愚痴で、もしかすると惚気だった。
適当な相槌を続けながら、施錠せず閉じただけの扉に視線を向ける。何分あれは何もかも隠さないから、恐らく無道でなくても見えない接近に気づくだろう。当の子どもだけは気づかないのだが。
その、年齢相応で、ほんの少しで揺らいではその度に強固になってゆく関係を笑う。そんなところにばかり気づいた子どもがむっとした様子で顔を上げて、無遠慮に開け放たれた扉に肩を跳ねさせるまであと少し。目の前で子どもたちの言い合いが始まるまではもうしばらく。
自分は空だ。そのはずだった。けれど今はもう、荒れては凪ぐ雲模様を見下ろす空のようだとすら思う。その事実にまた可笑しくなって笑うが、扉が開け放たれた音に掻き消され誰にも気づかれることはなかった。
(無道と大和/翼角高校奇譚)
空、くう、から、そら。
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