No.2318

Day12「色水」 #文披31題 #小咄 #王女と騎士

 ひゅうひゅうと、呼吸だけを繰り返す。
 身体が重かった、熱かった。視界は赤い。なのに二本の足はしっかりと地面を踏み締めて、足下はぬかるんでる。身体を引き摺るように一歩を踏み出せば、びちゃり、びちゃりと濡れた音が響いた。ちゃらり、ちゃらりと、身体の一部ほどに馴染んだ鎖が鳴っている。
 どこを、何を、どうして、今はいつ。三々五々と巡る疑問に、赤い視界が影を宿してぐらついている。足下を、引きずって歩いてきた道を見ようとする。ちいさな雫が、一歩進む度に落ちて、波紋を広げていく――その赤がやんわりと闇に閉ざされた。
「へいへい、そこまでそこまで」
 は、と短く呼気が落ちる。重い感覚にまるで似つかわしくない、軽々しい声だった。己の視界を後ろから塞いで、進む一歩を引き留めている。
「見たくないなら見なくてもいい。ぜーんぶオレに任せておきな。オマエは何も考えなくてもいい――」
 ぱしりと。
 その声を、言葉を、閉ざす闇を払い除ける。
 手の甲で銀の鎖がちりちりと音を立てて、己の肌に食い込んでいる。視界が急速に開けて、背後にいたはずの存在が目の前に立っていた。降参めいて両手をひらひらと挙げながら、実に、実にうれしそうに笑っていた。
「――それでこそ、オレの可愛いシーレだよ」
 誰がお前のだ。言葉と共に、口の中に溜まって声を塞いでいた何かを吐き出した。足下の水で跳ねたそれにまた、赤い男はケラケラと笑い声を上げた。
(シーレとイエス/王女と騎士)

頼れるシーレのブレーキ、ちょうちょ結びのおさげ野郎。
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