No.2399

Day24「爪先」 #文披31題 #小咄 #王女と騎士

 王宮内で一番高いところ。尖塔は鐘を戴き、王城のみならず城下の全てに王の偉業と刻を告げる。
 不遜にもその鐘を足下に、急傾斜の先、天に刺す針のように尖った先端に少年――シーレは立っている。
 咎められることではなかった。咎められるどころか、己を育て鍛え上げる師に命じられたことだ。
 びゅうびゅうと風が吹いて、銀の髪を引っ張ってそのままシーレを地面に引きずり下ろそうとしている。踵だけで踏ん張るようにして、シーレはその場に留まってた。狭いそこで、ようよう馴染んできた軍靴の先は空を踏んでいる。もう後いくらも立ってられないだろう。未熟の証左だが、今はそれでよかった。
 シーレはここから、飛ばなければならない。
 急傾斜の屋根に隠れて地面は見えない。石畳の上では、師が足裏をしっかとつけてシーレの降下を待っている。未熟な己を危惧して魔術師たちもいくらか配置されている。中には若干にして類い希なる才を誇る少年魔術師もいるはずだ。彼は自身で細工を施したシーレの武器が、今から発揮する成果を心待ちにしていることだろう。
 今から、飛ばなければならない。
 魔術師たちが加護を施した武器と、王国軍が受け継ぎ鍛え上げた技術があれば、この程度の高さなど。自由に、駆けるように、滑るように羽のように降下できるはずだ。でなければ王女殿下の近衛騎士など務まらない。つまりここから飛ぶことは、シーレにとって一つの試練だった。ここで生きていてもいいのか、自身に価値があるのか、という物差しの。
 手首を振る。ナイフと共にじゃらりと細い鎖が袖から零れる。風になぶられてぶらぶらと揺れている。
 足先の裏を風が撫でる。簡単なことだ、少し膝に力を入れるだけ。踵を離して、空へ身を投げるだけ。すると自由になる。ただ落ちるだけの体を、鎖でどこかに繋いできれいに着地する。そうすれば騎士として許されて、シーレの価値は証明される。
 でもそれは、鎖で繋いで、縛って、結局不自由なのではないだろうか。ふと気づいた瞬間だけ、シーレは自由だった。体の全部を空に投げ出して、飛ぶ。その瞬間だけは。
(シーレ/王女と騎士)

「おちちゃった!」のシーレ側
閉じる

ネタ

プライバシーポリシー
当ページでは、cookieを使った以下のアクセス解析サービスを利用しています。
●アクセス解析研究所
このアクセスデータは匿名で収集されているものであり、個人を特定するものではございません。
こうした履歴情報の収集を望まない場合、cookieの受け入れを拒否することが可能です。詳細はご利用のブラウザの設定をご確認ください。
詳しくはサービスのプライバシーポリシーをご覧ください。