Day24「爪先」 #文披31題 #小咄 #王女と騎士 開く 王宮内で一番高いところ。尖塔は鐘を戴き、王城のみならず城下の全てに王の偉業と刻を告げる。 不遜にもその鐘を足下に、急傾斜の先、天に刺す針のように尖った先端に少年――シーレは立っている。 咎められることではなかった。咎められるどころか、己を育て鍛え上げる師に命じられたことだ。 びゅうびゅうと風が吹いて、銀の髪を引っ張ってそのままシーレを地面に引きずり下ろそうとしている。踵だけで踏ん張るようにして、シーレはその場に留まってた。狭いそこで、ようよう馴染んできた軍靴の先は空を踏んでいる。もう後いくらも立ってられないだろう。未熟の証左だが、今はそれでよかった。 シーレはここから、飛ばなければならない。 急傾斜の屋根に隠れて地面は見えない。石畳の上では、師が足裏をしっかとつけてシーレの降下を待っている。未熟な己を危惧して魔術師たちもいくらか配置されている。中には若干にして類い希なる才を誇る少年魔術師もいるはずだ。彼は自身で細工を施したシーレの武器が、今から発揮する成果を心待ちにしていることだろう。 今から、飛ばなければならない。 魔術師たちが加護を施した武器と、王国軍が受け継ぎ鍛え上げた技術があれば、この程度の高さなど。自由に、駆けるように、滑るように羽のように降下できるはずだ。でなければ王女殿下の近衛騎士など務まらない。つまりここから飛ぶことは、シーレにとって一つの試練だった。ここで生きていてもいいのか、自身に価値があるのか、という物差しの。 手首を振る。ナイフと共にじゃらりと細い鎖が袖から零れる。風になぶられてぶらぶらと揺れている。 足先の裏を風が撫でる。簡単なことだ、少し膝に力を入れるだけ。踵を離して、空へ身を投げるだけ。すると自由になる。ただ落ちるだけの体を、鎖でどこかに繋いできれいに着地する。そうすれば騎士として許されて、シーレの価値は証明される。 でもそれは、鎖で繋いで、縛って、結局不自由なのではないだろうか。ふと気づいた瞬間だけ、シーレは自由だった。体の全部を空に投げ出して、飛ぶ。その瞬間だけは。 (シーレ/王女と騎士) 「おちちゃった!」のシーレ側 閉じる 2025.7.24(Thu) 02:00:07 ネタ
王宮内で一番高いところ。尖塔は鐘を戴き、王城のみならず城下の全てに王の偉業と刻を告げる。
不遜にもその鐘を足下に、急傾斜の先、天に刺す針のように尖った先端に少年――シーレは立っている。
咎められることではなかった。咎められるどころか、己を育て鍛え上げる師に命じられたことだ。
びゅうびゅうと風が吹いて、銀の髪を引っ張ってそのままシーレを地面に引きずり下ろそうとしている。踵だけで踏ん張るようにして、シーレはその場に留まってた。狭いそこで、ようよう馴染んできた軍靴の先は空を踏んでいる。もう後いくらも立ってられないだろう。未熟の証左だが、今はそれでよかった。
シーレはここから、飛ばなければならない。
急傾斜の屋根に隠れて地面は見えない。石畳の上では、師が足裏をしっかとつけてシーレの降下を待っている。未熟な己を危惧して魔術師たちもいくらか配置されている。中には若干にして類い希なる才を誇る少年魔術師もいるはずだ。彼は自身で細工を施したシーレの武器が、今から発揮する成果を心待ちにしていることだろう。
今から、飛ばなければならない。
魔術師たちが加護を施した武器と、王国軍が受け継ぎ鍛え上げた技術があれば、この程度の高さなど。自由に、駆けるように、滑るように羽のように降下できるはずだ。でなければ王女殿下の近衛騎士など務まらない。つまりここから飛ぶことは、シーレにとって一つの試練だった。ここで生きていてもいいのか、自身に価値があるのか、という物差しの。
手首を振る。ナイフと共にじゃらりと細い鎖が袖から零れる。風になぶられてぶらぶらと揺れている。
足先の裏を風が撫でる。簡単なことだ、少し膝に力を入れるだけ。踵を離して、空へ身を投げるだけ。すると自由になる。ただ落ちるだけの体を、鎖でどこかに繋いできれいに着地する。そうすれば騎士として許されて、シーレの価値は証明される。
でもそれは、鎖で繋いで、縛って、結局不自由なのではないだろうか。ふと気づいた瞬間だけ、シーレは自由だった。体の全部を空に投げ出して、飛ぶ。その瞬間だけは。
(シーレ/王女と騎士)
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