Day26「悪夢」 #文披31題 #小咄 #トウジンカグラ 開く 何度見ても見慣れない。腹の底からせり上がる不快感と嘔気を堪えながら見下ろす。 くすんで濁った黄金色が、茫洋として宙を見つめている。刻が覗き込もうと、揺さぶろうと、軽く頬を叩こうと微動だにしない。口元に手を翳すと、辛うじて息をしているとわかる。それとて気のせいかと思えるほどに弱い。襟を緩く開いた胸の上下もあまりになだらかで、刻でなければ死んでいると思うだろう。飾ならば無感動に処分してしまうのだろうと考えが過ぎったが、現実は処分ほどにもこれを気にかけてはいなかった。 抱え上げる。生きたいと願ったはずの目玉と、ぐちゃぐちゃに潰れて弾けた肉片から年月を経てできあがった肉体は重いが、刻からするとあまりにも軽い。手足ばかりが細く伸び、刀刃を振るえるような肉はちっとも足りない。そのくせ生きる術を身に着けたこの身体は胸元と尻にばかり肉をつけて、あまりに歪なかたちになっている。 そうしたのは誰か。形ばかりはできあがりつつある肉体を腕に、刻はわずかに瞑目する。 こうすれば生きてゆけるのだと、学び始めたばかりの肉体は精気を失っている。試行する度、巧く精を得る術をこの身は覚えている。いずれこんな風に、見誤って動けなくなることもなくなるのだろう。艶然と笑って、己を貪らせるだけの言葉を覚えて、生きるに足るだけの精を他人から搾り取って、啜って、呑み込んで、生きていけるようになる。 それは、人として生きていけると呼べるのだろうか。 考えるだけ無駄だった。こうして命を続ける術をこの身に知らしめたのは刻で、これから虚ろになったこの子どもを抱え上げて己の房に運び入れて組み敷いて、犯して精を注ぐのも刻なのだから。 何度見ても見慣れない。あるいはいつか見なくなるのだろうか。いずれにしろ子どもに救いはなく、刻には救いを求める権もない。 (刻と火群/トウジンカグラ) 未だ終わらない悪夢。 閉じる 2025.7.26(Sat) 02:02:31 ネタ
何度見ても見慣れない。腹の底からせり上がる不快感と嘔気を堪えながら見下ろす。
くすんで濁った黄金色が、茫洋として宙を見つめている。刻が覗き込もうと、揺さぶろうと、軽く頬を叩こうと微動だにしない。口元に手を翳すと、辛うじて息をしているとわかる。それとて気のせいかと思えるほどに弱い。襟を緩く開いた胸の上下もあまりになだらかで、刻でなければ死んでいると思うだろう。飾ならば無感動に処分してしまうのだろうと考えが過ぎったが、現実は処分ほどにもこれを気にかけてはいなかった。
抱え上げる。生きたいと願ったはずの目玉と、ぐちゃぐちゃに潰れて弾けた肉片から年月を経てできあがった肉体は重いが、刻からするとあまりにも軽い。手足ばかりが細く伸び、刀刃を振るえるような肉はちっとも足りない。そのくせ生きる術を身に着けたこの身体は胸元と尻にばかり肉をつけて、あまりに歪なかたちになっている。
そうしたのは誰か。形ばかりはできあがりつつある肉体を腕に、刻はわずかに瞑目する。
こうすれば生きてゆけるのだと、学び始めたばかりの肉体は精気を失っている。試行する度、巧く精を得る術をこの身は覚えている。いずれこんな風に、見誤って動けなくなることもなくなるのだろう。艶然と笑って、己を貪らせるだけの言葉を覚えて、生きるに足るだけの精を他人から搾り取って、啜って、呑み込んで、生きていけるようになる。
それは、人として生きていけると呼べるのだろうか。
考えるだけ無駄だった。こうして命を続ける術をこの身に知らしめたのは刻で、これから虚ろになったこの子どもを抱え上げて己の房に運び入れて組み敷いて、犯して精を注ぐのも刻なのだから。
何度見ても見慣れない。あるいはいつか見なくなるのだろうか。いずれにしろ子どもに救いはなく、刻には救いを求める権もない。
(刻と火群/トウジンカグラ)
未だ終わらない悪夢。
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