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Day9「ぷかぷか」 #文披31題 #小咄 #王女と騎士
島が来たと誰もが呟く。年寄りたちは洗濯物が乾かないと物憂げに呟き、子どもたちは影を追って走り出す。
ルークはただ無感動に、空をゆく島を見上げている。
あそこから、逃げてきた、訳では断じてない。捨ててきた、訳でもない。見放された、とも異なる。両耳から細い鎖で垂れ下がる黄水晶が、苛むようにちりちりと音を立てる。もうすっかり慣れたそれに、ルークは目を伏せて懐を探った。紙巻き煙草を取り出して口に咥え、爪先を弾くだけで魔術の火花を散らして煙をくゆらせる。立ち上る紫煙の向こうを、遠く高く、空に浮かぶ島がゆっくりと遠ざかってゆく。島は夜ごとの月のように、数日間村の上を周回し、見えなくなるのはまだ少し先になる。
いつかあそこに戻るのだろう。いつか、を考えるのは無益で、無駄だった。そのときが来るのなら、それはルークが生まれた目的を果たすためで、つまり――実に無駄だった。
天から地へと視線を転じる。高所に立つ診療所、正確には監督官邸からは村のほとんど全てが一望できる。働き盛りの若い世代が顕著に少ない中、年寄りと子どもたちはただただ暮らしを営んでいる。洗濯物の乾きに憂い、影を追うだけの変化を見せながら。
こんな日々はあとどれだけ続くのだろうか。そう考えることは恐らく幸福で、不幸だった。己の命の期限とほとんど同義だったので。
ルークが吐き出した紫煙の向こうに、切り裂くような白銀が現れるのは今しばらく先のことである。
(ルーク/王女と騎士)
倦んだ日常に島と煙がぷかぷか。
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島が来たと誰もが呟く。年寄りたちは洗濯物が乾かないと物憂げに呟き、子どもたちは影を追って走り出す。
ルークはただ無感動に、空をゆく島を見上げている。
あそこから、逃げてきた、訳では断じてない。捨ててきた、訳でもない。見放された、とも異なる。両耳から細い鎖で垂れ下がる黄水晶が、苛むようにちりちりと音を立てる。もうすっかり慣れたそれに、ルークは目を伏せて懐を探った。紙巻き煙草を取り出して口に咥え、爪先を弾くだけで魔術の火花を散らして煙をくゆらせる。立ち上る紫煙の向こうを、遠く高く、空に浮かぶ島がゆっくりと遠ざかってゆく。島は夜ごとの月のように、数日間村の上を周回し、見えなくなるのはまだ少し先になる。
いつかあそこに戻るのだろう。いつか、を考えるのは無益で、無駄だった。そのときが来るのなら、それはルークが生まれた目的を果たすためで、つまり――実に無駄だった。
天から地へと視線を転じる。高所に立つ診療所、正確には監督官邸からは村のほとんど全てが一望できる。働き盛りの若い世代が顕著に少ない中、年寄りと子どもたちはただただ暮らしを営んでいる。洗濯物の乾きに憂い、影を追うだけの変化を見せながら。
こんな日々はあとどれだけ続くのだろうか。そう考えることは恐らく幸福で、不幸だった。己の命の期限とほとんど同義だったので。
ルークが吐き出した紫煙の向こうに、切り裂くような白銀が現れるのは今しばらく先のことである。
(ルーク/王女と騎士)
倦んだ日常に島と煙がぷかぷか。
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Day8「足跡」 #文披31題 #小咄 #リボ
風に浚われて消えていく。
そのことを苛立たしく思いながら、主人の軌跡を追いかける。この苛立ちの源泉が何なのかは知らない。何か、衝動が口を突いて溢れそうになる。
なのでぐっと、唇を引き結んで耐えた。吹き荒ぶ風には砂が混ざって、ああこの砂さえなければ、そうも思った。あの砂の国で生まれたというだけの繋がりがなければ、きっと彼にここまで翻弄されることもなかっただろうに。
その日々の終わりも、近いけれど。
丘陵の向こうに、見慣れた赤銅色が靡いている。舞う砂粒にも掻き消されない鮮やかな色。熱気が青空に抜けていく、その只中に立つ背中。馴染みの肩布を風に遊ばせて堂々と、なのに、どこか、昔よりも細く見える背中。
名前を呼んだ。風音を真っ直ぐに貫いて、声は主人の下まで届いた。ゆっくりと、赤銅を靡かせたまま振り返る。翡翠の瞳がこちらを認め、細められる。その様が苛立たしくて、胸の奥の方が締めつけられるようで、耐えた分の小言を意味もなく吐き出しながら駆け出した。消える寸前の主の軌跡を足裏でなぞり、深く深く、砂に刻みつけていく。自身で上から書き記してゆく。
(カイとストラル/風紋記)
もうすぐ死別することを理解してる主従。
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風に浚われて消えていく。
そのことを苛立たしく思いながら、主人の軌跡を追いかける。この苛立ちの源泉が何なのかは知らない。何か、衝動が口を突いて溢れそうになる。
なのでぐっと、唇を引き結んで耐えた。吹き荒ぶ風には砂が混ざって、ああこの砂さえなければ、そうも思った。あの砂の国で生まれたというだけの繋がりがなければ、きっと彼にここまで翻弄されることもなかっただろうに。
その日々の終わりも、近いけれど。
丘陵の向こうに、見慣れた赤銅色が靡いている。舞う砂粒にも掻き消されない鮮やかな色。熱気が青空に抜けていく、その只中に立つ背中。馴染みの肩布を風に遊ばせて堂々と、なのに、どこか、昔よりも細く見える背中。
名前を呼んだ。風音を真っ直ぐに貫いて、声は主人の下まで届いた。ゆっくりと、赤銅を靡かせたまま振り返る。翡翠の瞳がこちらを認め、細められる。その様が苛立たしくて、胸の奥の方が締めつけられるようで、耐えた分の小言を意味もなく吐き出しながら駆け出した。消える寸前の主の軌跡を足裏でなぞり、深く深く、砂に刻みつけていく。自身で上から書き記してゆく。
(カイとストラル/風紋記)
もうすぐ死別することを理解してる主従。
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Day7「あたらよ」 #文披31題 #小咄 #トウジンカグラ
満天の星々に、淡く白い靄が川となって流れている。
その無数の煌めきを、黄金の瞳が見上げている。伸びやかに育った苗が青くそよぐ時分で、その瞳の色は未だ遠く恋しい輝きだ。この里では見られない、実りの輝き。遠い憧憬。
けれど今は、氷雨の手の届くところにある。衝動のままに手を伸ばす。結った髪がふわりと揺れて振り返る。降り注ぐほどの星夜から濃い藍色へと煌めきを変えて、そして和やかに細められる。かと思えば見えなくなった。近すぎて見えなくなる距離は、惜しむ心と心地良さを連れている。
故に、氷雨も瞳を閉ざす。黄金の煌めきが残る瞼の裏で、触れる感覚と熱だけが鮮やかだ。唇に熱が触れて、かぷかぷと食いついてくる。求められるままに唇を開いて、けれどこちらから先に仕掛けてやった。入り込んで、熱に触れて、絡め取る。溢れるものを飲み下して、ぬるぬると擦り合わせる。んぅ、と幼い声が互いの口の中で広がって、消えていく。そこまでも深くのめり込んでいける、けれどやはり穂の群れのような輝きが見えないのは惜しい。ふぅふぅと間近に触れる呼吸が浅くなったところで、重ねた唇を名残惜しくも解放する。
ぷは、と幼く息を吐く音。続けて微かな笑い声。星明かりの下で、実りの黄金色が細められている。かと思えばぐっと引き倒されて、星々は遠く氷雨の背の向こう側になった。なァ、と囁く声はやわらかな熱を孕んでいて、氷雨の身体とぴったりと重なる。氷雨だけを見つめる輝きはどうしたって美しく、どこまでも愛おしかった。
(氷雨×穂群/トウジンカグラ)
天ノ端氷雨の誕生日。
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満天の星々に、淡く白い靄が川となって流れている。
その無数の煌めきを、黄金の瞳が見上げている。伸びやかに育った苗が青くそよぐ時分で、その瞳の色は未だ遠く恋しい輝きだ。この里では見られない、実りの輝き。遠い憧憬。
けれど今は、氷雨の手の届くところにある。衝動のままに手を伸ばす。結った髪がふわりと揺れて振り返る。降り注ぐほどの星夜から濃い藍色へと煌めきを変えて、そして和やかに細められる。かと思えば見えなくなった。近すぎて見えなくなる距離は、惜しむ心と心地良さを連れている。
故に、氷雨も瞳を閉ざす。黄金の煌めきが残る瞼の裏で、触れる感覚と熱だけが鮮やかだ。唇に熱が触れて、かぷかぷと食いついてくる。求められるままに唇を開いて、けれどこちらから先に仕掛けてやった。入り込んで、熱に触れて、絡め取る。溢れるものを飲み下して、ぬるぬると擦り合わせる。んぅ、と幼い声が互いの口の中で広がって、消えていく。そこまでも深くのめり込んでいける、けれどやはり穂の群れのような輝きが見えないのは惜しい。ふぅふぅと間近に触れる呼吸が浅くなったところで、重ねた唇を名残惜しくも解放する。
ぷは、と幼く息を吐く音。続けて微かな笑い声。星明かりの下で、実りの黄金色が細められている。かと思えばぐっと引き倒されて、星々は遠く氷雨の背の向こう側になった。なァ、と囁く声はやわらかな熱を孕んでいて、氷雨の身体とぴったりと重なる。氷雨だけを見つめる輝きはどうしたって美しく、どこまでも愛おしかった。
(氷雨×穂群/トウジンカグラ)
天ノ端氷雨の誕生日。
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Day6「重ねる」 #文披31題 #小咄 #翼角
あづい、あづいと呻けども、隣からは、そうだな、しか返ってこない。しかしながら相槌が返ってくるようになっただけ真宮鷹臣という少年も成長したのだと、本郷大和は知っている。去年の今時分は非効率だ、必要な人間が行けばいい、そうでなければクーラーボックスを持ってくるべきではなどと呟いて、大和の後ろをつかず離れず歩いていたはずだ。
その後寮に辿り着く寸前に、彼の姉にバイクでドライブに誘われたことも今や懐かしい。そう思いながら暑さに耐えかねて、大和は重いビニール袋に手を突っ込んだ。ひやりとした感覚を堪能しながら適当に掴んだそれは、スイカを模したアイスバーである。
「食べるのか」
「うん、もう暑い、無理」
アスファルトの歩道は長く、落ちる影は濃く、そして前方の景色は熱によって揺らいでいる。ならば許されるだろう、命がかかっていると言っても過言ではない。溶ける前に食べられるのは、この酷暑に買い出しに出た英雄の特権である。パッケージの開かれるバリッという音が小気味よく、棒を掴んでアイスを取り出す様は聖剣を引き抜くに似ている、かも知れない。
茹だった頭のまま真っ赤な先端に齧りつこうとすれば、暑さなどものともしない声が疑問を重ねてくる。
「なんだ、それは」
「……食べたことない?」
汗の滲む目尻に視線を寄せれば、何の術を使っているのやら、汗ひとつない白皙がこくりと頷く。まじか、という気持ちと、だろうな、という納得が脳裏を駆け抜けた。その程度には大和少年は真宮鷹臣という存在を理解していた。
ので、赤と緑の三角形を隣に向かって傾けた。あまりの熱気にスイカは早くも輪郭を揺らがせていて、棒に赤と緑の水気が指にまで伝い始めている。食べる? 誘う声を出したつもりだったが、ひゅっと喉が鳴っただけだった。それもまた蝉時雨に掻き消されていく。
涼しげな顔と声に反して、大和の手首を掴む手は熱かった。アイスに触れないように――大和が本命で差し出したのはこちらだったというのに――器用に、指に絡まる甘い水を舐め掬う舌は、もっともっと熱かった。
悲鳴も蝉たちの大音声に掻き消える。真夏の昼下がり、寮までの道に人影はなく、鷹臣の蛮行は重なった二人の影だけが知っている。
(鷹臣×大和/翼角高校奇譚)
本編おみやまED後軸高校2年生のふたり。いけっ真宮鷹臣!鷹臣のなめる!がんばれ本郷大和!大和のはたく!
全創作でやりたいので翼角にも出てきてもらおうと思いました。
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あづい、あづいと呻けども、隣からは、そうだな、しか返ってこない。しかしながら相槌が返ってくるようになっただけ真宮鷹臣という少年も成長したのだと、本郷大和は知っている。去年の今時分は非効率だ、必要な人間が行けばいい、そうでなければクーラーボックスを持ってくるべきではなどと呟いて、大和の後ろをつかず離れず歩いていたはずだ。
その後寮に辿り着く寸前に、彼の姉にバイクでドライブに誘われたことも今や懐かしい。そう思いながら暑さに耐えかねて、大和は重いビニール袋に手を突っ込んだ。ひやりとした感覚を堪能しながら適当に掴んだそれは、スイカを模したアイスバーである。
「食べるのか」
「うん、もう暑い、無理」
アスファルトの歩道は長く、落ちる影は濃く、そして前方の景色は熱によって揺らいでいる。ならば許されるだろう、命がかかっていると言っても過言ではない。溶ける前に食べられるのは、この酷暑に買い出しに出た英雄の特権である。パッケージの開かれるバリッという音が小気味よく、棒を掴んでアイスを取り出す様は聖剣を引き抜くに似ている、かも知れない。
茹だった頭のまま真っ赤な先端に齧りつこうとすれば、暑さなどものともしない声が疑問を重ねてくる。
「なんだ、それは」
「……食べたことない?」
汗の滲む目尻に視線を寄せれば、何の術を使っているのやら、汗ひとつない白皙がこくりと頷く。まじか、という気持ちと、だろうな、という納得が脳裏を駆け抜けた。その程度には大和少年は真宮鷹臣という存在を理解していた。
ので、赤と緑の三角形を隣に向かって傾けた。あまりの熱気にスイカは早くも輪郭を揺らがせていて、棒に赤と緑の水気が指にまで伝い始めている。食べる? 誘う声を出したつもりだったが、ひゅっと喉が鳴っただけだった。それもまた蝉時雨に掻き消されていく。
涼しげな顔と声に反して、大和の手首を掴む手は熱かった。アイスに触れないように――大和が本命で差し出したのはこちらだったというのに――器用に、指に絡まる甘い水を舐め掬う舌は、もっともっと熱かった。
悲鳴も蝉たちの大音声に掻き消える。真夏の昼下がり、寮までの道に人影はなく、鷹臣の蛮行は重なった二人の影だけが知っている。
(鷹臣×大和/翼角高校奇譚)
本編おみやまED後軸高校2年生のふたり。いけっ真宮鷹臣!鷹臣のなめる!がんばれ本郷大和!大和のはたく!
全創作でやりたいので翼角にも出てきてもらおうと思いました。
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Day5「三日月」 #文披31題 #小咄 #トウジンカグラ
星が瞬いて、靄がかかっている。月は爪を立てたような細さで、夜を照らすほどもない。
すっかり夜闇に慣れた目に、紅蓮の輝きが眩しい。細々とした頼りない夜明かりを集めて、赫灼を封じた刀刃が聳え立っている。
その光に縋るように、ゆるりと影が蠢く。緩慢に身を起こし、するとぱたり、ぱたり、地面に重たく水の落ちる音が響く。ただ追いかけて眺めれば、剥き出しの足を滑り落ちた粘いものがいくつかの染みを河原の石に作っていた。
内腿に指を伸ばす。粘いものを掬って、口の中に運ぶ。舌を刺すような感覚がある。
まっさらになった指で、刀刃の柄を掴んだ。すっかり流れ落ちた赤をひと振りで散らして、刃先を天へと向ける。細い細い月の光に、鋭い切っ先が重なった。濡れた唇がことばもなく、貫かれた月の形に撓った。
(火群/トウジンカグラ)
7月の火群は以下略で、氷雨の誕生日に望まれる天の川の下で行きずりの人間と行為に及んでるのが皮肉というはなし
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星が瞬いて、靄がかかっている。月は爪を立てたような細さで、夜を照らすほどもない。
すっかり夜闇に慣れた目に、紅蓮の輝きが眩しい。細々とした頼りない夜明かりを集めて、赫灼を封じた刀刃が聳え立っている。
その光に縋るように、ゆるりと影が蠢く。緩慢に身を起こし、するとぱたり、ぱたり、地面に重たく水の落ちる音が響く。ただ追いかけて眺めれば、剥き出しの足を滑り落ちた粘いものがいくつかの染みを河原の石に作っていた。
内腿に指を伸ばす。粘いものを掬って、口の中に運ぶ。舌を刺すような感覚がある。
まっさらになった指で、刀刃の柄を掴んだ。すっかり流れ落ちた赤をひと振りで散らして、刃先を天へと向ける。細い細い月の光に、鋭い切っ先が重なった。濡れた唇がことばもなく、貫かれた月の形に撓った。
(火群/トウジンカグラ)
7月の火群は以下略で、氷雨の誕生日に望まれる天の川の下で行きずりの人間と行為に及んでるのが皮肉というはなし
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Day4「口ずさむ」 #文披31題 #小咄 #トウジンカグラ
子守唄だろうか。だろうか、というのもまず、子守唄など聞いたのは随分と昔のことだったし、その記憶の調べと違っていた気がしたからだ。ゆったりと深く染み入るような声がやさしく、眠りに誘うものだと感じたから、子守唄だと思ったのだろう。
だとしたら、目を覚ますのは申し訳ないだろうか。ぼんやりと考えること自体寝起きの証左で、だから瞼を開くか否か逡巡した。逡巡とは思考のことで、益々意識は浮上する。髪の生え際に滲む汗と、しっとりと長着の内側に篭もる湿気た感覚と、それから頭の下の固くもやわらかい感触に気づく。ゆったりとした調べの隙間、かーわいい、と囁く声が鼓膜を掠めていく。
「先生? ……起きちゃいました?」
子どもの頃に聞いた、母ちゃんの真似だったんですけど。ほんの少しの申し訳なさに、ほんの少しの笑いを含んだ声が続く。それが誰の声か理解して、いいやきっと最初から、彼だと気づいていたのだけれど、とにかくその稚気と、滲み出る懐かしさと慈しみに思わず笑みがこぼれた。
寝ているよ、と答えれば、この時が続くのだろうか。門下生たちが来るまであとどれほどかと考えながら、紫燕はゆっくりと唇を開いた。
(紫燕と野分/トウジンカグラ)
しえのわだと思ってるけどしえのわとは明言しないそのギリギリにいたい…ってワケ!
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子守唄だろうか。だろうか、というのもまず、子守唄など聞いたのは随分と昔のことだったし、その記憶の調べと違っていた気がしたからだ。ゆったりと深く染み入るような声がやさしく、眠りに誘うものだと感じたから、子守唄だと思ったのだろう。
だとしたら、目を覚ますのは申し訳ないだろうか。ぼんやりと考えること自体寝起きの証左で、だから瞼を開くか否か逡巡した。逡巡とは思考のことで、益々意識は浮上する。髪の生え際に滲む汗と、しっとりと長着の内側に篭もる湿気た感覚と、それから頭の下の固くもやわらかい感触に気づく。ゆったりとした調べの隙間、かーわいい、と囁く声が鼓膜を掠めていく。
「先生? ……起きちゃいました?」
子どもの頃に聞いた、母ちゃんの真似だったんですけど。ほんの少しの申し訳なさに、ほんの少しの笑いを含んだ声が続く。それが誰の声か理解して、いいやきっと最初から、彼だと気づいていたのだけれど、とにかくその稚気と、滲み出る懐かしさと慈しみに思わず笑みがこぼれた。
寝ているよ、と答えれば、この時が続くのだろうか。門下生たちが来るまであとどれほどかと考えながら、紫燕はゆっくりと唇を開いた。
(紫燕と野分/トウジンカグラ)
しえのわだと思ってるけどしえのわとは明言しないそのギリギリにいたい…ってワケ!
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Day3「鏡」 #文披31題 #小咄 #王女と騎士
この季節は早くに目が覚める。日の出が早いから、寸の足りないカーテンからは白々と朝日が差し込んできて顔にぶつかる。気温も高く、朝日で温められてじんわりと熱くなる。だから時にはぺっとりと汗を掻いて目を覚ますのだ。
今日もそれだと思った。いつもより身体がべたべたして、擦り減って穴が空く寸前の寝間着が貼りついていた。使い込まれて薄く軽いはずのお下がりのシャツが、濡れて重たい。これまた薄い布団に粘ついて、糸を引くような気持ちで身を起こした。足の裏まで汗で濡れているような不快感があって、だから軋む寝台から下りるときに靴は履かなかった。
他の寝台は静かで、きょうだいたちは誰も目覚めていない。もしかするとまだ、先生たちも起きていないかも知れなかった。身を起こせば朝日は思ったよりも薄く、室内は青く濃い影に満ちている。
なので殊更にゆっくりと歩く。素足がぺとりと、木目の床を踏んで微かな音を立てる。外で水でも浴びてこようと、ぺと、ぺとり、寝台の間を縫って歩いて行く。なぞるように視界の隅で影が動いた。
部屋の出入り口に立てかけられた姿見だった。孤児たちに身なりに気をつけるよう促すそれは古ぼけて曇っていたが、だいたい自分の姿形を知るぐらいの役には立つ。今は不要なもので、けれど夜明け前の静けさに蠢くそれはどうしても目に付いた。
青い、目覚め前の時間。そこに映り込む子どもは白けた容姿をしている、はずだった。
青い、目覚め前の時間。そこに濃い黒が貼りついている。
銀の髪に、白い頬に、色の抜けたシャツに、ほっそりした手足にも。ぐっしょりと、滴って、黒が纏わり付いている。
は、と息が漏れた。まだ寝惚けているのだろうか。これでは汗ではなくてまるで。
そう思うと同時にぶわり、ちいさな身体から汗が噴き出す。何が起きているかわからなくて、ただただ恐ろしくて、足音を潜めるのも忘れて走り出した。乾き始めていた黒い足音を反対からなぞるように、新しい足音を上書きして。
やがて水を被るために飛び出した外で、惨劇の残骸に直面した声が鬨の声に似て響く。くすんだ姿見の中で、取り残された赤い残像が笑っていた。
(シーレ/王女と騎士)
初めて自分の本質が成して、自分への疑いに気づいた朝
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この季節は早くに目が覚める。日の出が早いから、寸の足りないカーテンからは白々と朝日が差し込んできて顔にぶつかる。気温も高く、朝日で温められてじんわりと熱くなる。だから時にはぺっとりと汗を掻いて目を覚ますのだ。
今日もそれだと思った。いつもより身体がべたべたして、擦り減って穴が空く寸前の寝間着が貼りついていた。使い込まれて薄く軽いはずのお下がりのシャツが、濡れて重たい。これまた薄い布団に粘ついて、糸を引くような気持ちで身を起こした。足の裏まで汗で濡れているような不快感があって、だから軋む寝台から下りるときに靴は履かなかった。
他の寝台は静かで、きょうだいたちは誰も目覚めていない。もしかするとまだ、先生たちも起きていないかも知れなかった。身を起こせば朝日は思ったよりも薄く、室内は青く濃い影に満ちている。
なので殊更にゆっくりと歩く。素足がぺとりと、木目の床を踏んで微かな音を立てる。外で水でも浴びてこようと、ぺと、ぺとり、寝台の間を縫って歩いて行く。なぞるように視界の隅で影が動いた。
部屋の出入り口に立てかけられた姿見だった。孤児たちに身なりに気をつけるよう促すそれは古ぼけて曇っていたが、だいたい自分の姿形を知るぐらいの役には立つ。今は不要なもので、けれど夜明け前の静けさに蠢くそれはどうしても目に付いた。
青い、目覚め前の時間。そこに映り込む子どもは白けた容姿をしている、はずだった。
青い、目覚め前の時間。そこに濃い黒が貼りついている。
銀の髪に、白い頬に、色の抜けたシャツに、ほっそりした手足にも。ぐっしょりと、滴って、黒が纏わり付いている。
は、と息が漏れた。まだ寝惚けているのだろうか。これでは汗ではなくてまるで。
そう思うと同時にぶわり、ちいさな身体から汗が噴き出す。何が起きているかわからなくて、ただただ恐ろしくて、足音を潜めるのも忘れて走り出した。乾き始めていた黒い足音を反対からなぞるように、新しい足音を上書きして。
やがて水を被るために飛び出した外で、惨劇の残骸に直面した声が鬨の声に似て響く。くすんだ姿見の中で、取り残された赤い残像が笑っていた。
(シーレ/王女と騎士)
初めて自分の本質が成して、自分への疑いに気づいた朝
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Day2「風鈴」 #文披31題 #小咄 #トウジンカグラ
りぃん、りぃー……んと。
澄んだ音色が、天上に細波を打つ。風を孕んで、りぃん、横髪を浚って、りりぃん。御簾をやわくそよがせて、りりぃー……ん。消えてゆく。ここは高く、蝉の声すら届かない。噎せ返るような地の熱も遠く、湿りを帯びた空が白を混ぜた水の色で、ただただ澄んだ音に寄せて返している。
少女は白く細い指で、靡く髪を押さえる。視線を膝へと落とす。
そこにはこの時候とは真逆の、冬の枯れ野が広がっている。
睫毛を伏せて、少女の膝で昏々と眠る子ども。否、否。子どもなどではない、と誰もが嗤うだろう。少女よりも長い手足に背丈で、細身なくせに一部に肉のつき始めた体躯は立派な青年と呼べた。そしてこの瞼を下ろし、旨を静かに上下させて呼吸をするだけの肉体は、眠りなど生温いところに墜ちている。
りぃん、澄んだ音が呼ぶ。眠る子どもには届かない。蝉の声も暑気も遠い天上とは真逆の底に、細波を抱く水色とは真逆の泥濘たる赤い場所に、この子どもは還っている。りぃん、りぃんと。やさしげな硝子の奏でる音だけが、ひとりきりの少女を慰めている。
(瑠璃と火群/トウジンカグラ)
7月の火群は本編開始2ヶ月ほど前の、七宝の民に認識され始めだいたい今の火群になりつつある状態
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りぃん、りぃー……んと。
澄んだ音色が、天上に細波を打つ。風を孕んで、りぃん、横髪を浚って、りりぃん。御簾をやわくそよがせて、りりぃー……ん。消えてゆく。ここは高く、蝉の声すら届かない。噎せ返るような地の熱も遠く、湿りを帯びた空が白を混ぜた水の色で、ただただ澄んだ音に寄せて返している。
少女は白く細い指で、靡く髪を押さえる。視線を膝へと落とす。
そこにはこの時候とは真逆の、冬の枯れ野が広がっている。
睫毛を伏せて、少女の膝で昏々と眠る子ども。否、否。子どもなどではない、と誰もが嗤うだろう。少女よりも長い手足に背丈で、細身なくせに一部に肉のつき始めた体躯は立派な青年と呼べた。そしてこの瞼を下ろし、旨を静かに上下させて呼吸をするだけの肉体は、眠りなど生温いところに墜ちている。
りぃん、澄んだ音が呼ぶ。眠る子どもには届かない。蝉の声も暑気も遠い天上とは真逆の底に、細波を抱く水色とは真逆の泥濘たる赤い場所に、この子どもは還っている。りぃん、りぃんと。やさしげな硝子の奏でる音だけが、ひとりきりの少女を慰めている。
(瑠璃と火群/トウジンカグラ)
7月の火群は本編開始2ヶ月ほど前の、七宝の民に認識され始めだいたい今の火群になりつつある状態
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>2267ここの話は☔️の誕生日の話の前日譚で🌾もそよについて台所仕事習ってたから🌀は構う相手がいなかったし🐦の道場には師範に逆らう気骨のある門下生がいなかったので誰も来なかった。
🌀は里の誰とでも気さくに話せるけど何となく居座るのは道場。
飲み込んだ言葉は「先生も母親には敵いませんか?」。
何となく触れ合ってお互いの感触他者の輪郭を確かめることが楽しい距離感だけど野分はこの後紫燕を引っ張り倒して一緒に並んで転がって静かな雨音と他人の気配にうとうとする紫燕に「かーわいい…」って呟きながらこの人をこの距離で閉じ込めておけるのは自分だけだろうなって静かな優越感に浸りながら紫燕の髪の毛指先でくるくるする。
ところで🐦先生は男女問わず「~くん」て呼ぶタイプ時代感は無視していますファンタジーなので。
#トウジンカグラ
🌀は里の誰とでも気さくに話せるけど何となく居座るのは道場。
飲み込んだ言葉は「先生も母親には敵いませんか?」。
何となく触れ合ってお互いの感触他者の輪郭を確かめることが楽しい距離感だけど野分はこの後紫燕を引っ張り倒して一緒に並んで転がって静かな雨音と他人の気配にうとうとする紫燕に「かーわいい…」って呟きながらこの人をこの距離で閉じ込めておけるのは自分だけだろうなって静かな優越感に浸りながら紫燕の髪の毛指先でくるくるする。
ところで🐦先生は男女問わず「~くん」て呼ぶタイプ時代感は無視していますファンタジーなので。
#トウジンカグラ
一次創作でソシャゲ妄想みたいなやつたまに見るけど古い人間なので格ゲー風であってくれと思う。弱中強攻撃ボイスガードボイス挑発ボイスとアクションとか技名とか専用BGMとか専用ステージとか固有対戦ボイスとか教えて~!
キスの日☔🌾、☔からのキスがうれしい🌾がチュッチュするけど☔がでも今まで数え切れない男と舌も絡ませてきたんだろ…ってなり、言われて冷静に考えた🌾がそういえば唇は嫌だった、オマエが初めてだって言って☔がHAPPYになるものの⏰がしようとしてきたけどなんか嫌だったし…って🌾が呟くからへえ…⏰は🌾とキスしようとしたのか…ってジェラッてする☔
本編に入りそうで入らなさそう #トウジンカグラ
本編に入りそうで入らなさそう #トウジンカグラ
56の日で☔🌾連想していただけるのハッピピ☔が際限なく求めて🌾がおなかいっぱいになるのをよくご存知で…!?!?ゴムがある世界線の☔🌾だと🌾が使用済みで遊ぶし舌出して中身ごっくんします #トウジンカグラ
ジョジョチャンはお子様ランチ勝手に頼まれて憤慨するけど旗を倒さないように慎重にケチャップライスに挑むも倒してしまいあ~…!てする。しない #じょ
ジルはコーヒーだけ啜ってグリュちゃんがモリモリ食べるのを見てるタイプかも知れないしわりかしハードファイターかも知れないすらっとしたヒール高めの奴が油でぺとついた小汚いラーメン屋のカウンター席に優雅に座ったぞと周りの客が思ったら「ヤサイマシマシカラメマシアブラスクナメニンニク」て小慣れた様子で呪文唱えて山盛りのラーメンズゾゾッ!!て啜って瞬きの間に丼が空になってるかも知れない #じょ
文章に対する解釈違いを堪えてそのままルーズリーフに書かれてた20年ぐらい前の作文の一部を持ってきたもののオァババ…という気がしないでもないなにかこう自分で自分を刺した血で文字を綴ってる感じ! #王女と騎士 #小咄
「なんでお前が寝てるんだよ、イエス!」
「あー?」
何故か全裸の自分と、上半身裸のイエスがベッドにいる。シーツを手繰り寄せてからシーレはイエスを揺さぶった。
「おい起きろ、こらっ!」
「……ンだよ……っせぇなぁ……」
長い赤の髪を掻き上げながら、イエスはシーレの手を払って起き上がった。イエスの髪の赤はシーレの赤よりも落ち着いていて深紅色をしている。
「お前、僕に何かしたかっ!?」
「あぁ? ……あー、今頃気づいたのか?」
鬱陶しげな表情から一変してにやりと笑う。胡座をかいて肘を突いた姿勢でイエスはシーレを見つめる。狭い一人用のベッドに男が二人。暑苦しいことこの上ない。
「何をしたんだまたお前はっ!」
「オレがオマエのためにいろいろしてやって。疲れて帰ってきたら、一人で熟睡してんだぞ? なんか腹立つだろ」
「恩着せがましい……どうせ『姉ちゃん』のためだろう」
シーレの呟きは無視される。
「で、ちょっと悪戯心で剥いてやっただけだよ。ったく、鈍いんだよなぁ。フツー脱がされてる途中で気づくだろ」
「悪かったね」
ふいとそっぽを向けば銀の髪が跳ねた。
イエスはシーレの頭を軽く叩く。子どもをあやす仕草に似ていた。
「あーんしんしろってぇ。この家でンなことしねぇよ」
「……っもう、気が済んだだろ。さっさと戻れよ」
「へぇい」
脱力、あるいは諦めたようなシーレの表情を笑い、イエスは手を伸ばした。二人でそのまま両手を重ね合わせる。指が絡まった次の瞬間、光が散ってイエスの姿は消えた。
「ふっ……」
シーレは溜め息を零す。イエスの行動に対してではない。イエスの疲労を感じ取ったからだ。シーレのためだけではないだろうが、イエスは本当にいろいろとしていたらしい。
シーレという宿主からの分離はイエスにとっても負担になるはずだ。現に疲労をシーレに隠し通せていない。
――長時間続けてはやめておけよ、イエス。
『……っかってるよ。ちょっと寝るから放っとけ』
イエスの意識が朧に溶けていくのを感じ、シーレはようやく顔を上げた。
(間が飛ぶ)
シーレは部屋を見回した。
狭い家だ。家具も古ぼけている。シーレには本来もっといい家も用意されていたが、彼は敢えてこの家を選んだ。前住人の物が残っていたからだ。本棚に目を遣れば、シーレにはわからない医学関係の本がぎっしり入っている。
壁に両手を突き、額を当てる。
「…………ルーク」
耳元のピアスが揺れて、とうに忘れていたはずの耳の痛みを感じた。
『シーレ』
「……何だ、寝てたんじゃないのか」
『まだ辛いか』
シーレの問いには答えず、イエスは静かに尋ねた。彼らしくない口調だが、滲む温かさにぽろりと言葉が零れた。
「……辛いよ。でも……この痛みを覚えていたいんだ」
共に過ごした時間は短かった。けれどルークには多くのものを貰った。
彼が言ったから、少し眠るだけでも髪はきちんと解くようになった。気楽な考え方も彼のおかげでできるようになった。軽い怪我の治療法も教わった。
何より、愛してもらった。
なのに自分は――
『……あれはアイツ本人の望みだっただろう。オマエがやらなきゃアイツは自分で自分を刺してた』
「わかってる……ああしなきゃ、レイリアも……けどッ……」
ルークは死んだわけじゃない。自分が殺したわけでもない。
消えただけだ。元に戻っただけだ。
彼は元から存在するはずのないものだったから。
「けど……割り切れないんだよ……」
すべてが魔素に還った中、たった一つ遺されたピアス。戒めの象徴である鎖のそれを、穴も開けていない耳に通した。
ルークが綺麗だと言ってくれた耳に。
「……いい加減、何十年も経つのに……レイリアに知られたら、鼻で笑われそうだけど」
『シーレ……』
笑おうとして失敗する。イエスの声が響いて、急に背後に気配が生まれた。
温かく包むような気配で、実際に体に腕が回された。実体を持ったイエスはシーレよりも上背がある。少しずつ体重を預けながら、息を吐く。
ルークのことを知っているのはレイリアとごく一部の者だちだけだ。レイリアは何十年も経ったんだから、と昔のできごとは表に出さない。他の者は気を遣って何も言わない。
だから過去のことについて、何もかも話せるのはイエスだけだ――話すまでもなく、イエスはすべてを見て知っているのだけれど。
「いいのか?」
「……何が」
「この家をそのままにして行っても」
「……ああ」
シーレはイエスの腕の中で天井を見上げた。ルークの温もりが残る、ルークの家。
「終焉を目指す旅、だからね」
「そう簡単にねーちゃんが見つかるとは思えねぇけどな」
「それでも、行くしかないだろう?」
「行くしかないだろう?」
吹っ切れた顔で背後を仰ぐ。そこには同じような表情を浮かべたイエスの、優しい紅の瞳があった。
(間が飛ぶ)
「イエス?」
広い箱は延々と昇ってゆく。地上から天上までノンストップ。気分が悪くなるのも仕方がない。
自分にもたれかかってきたイエスの背中に手を回し、撫でながらシーレは声を上げる。
「どうした? 酔ったか?」
「……っげぇよ……」
顔を伏せているため声がくぐもっているが、お世辞にも気分が良いとは言えない声だ。
「じゃあ酸欠か? とにかく、顔色を見せて……」
言い終わらないうちに、イエスが両手を伸ばしてくる。両頬を挟み込まれる。上げられた顔は血の気が引いていて青ざめているようだった。
「おま……大丈夫か?」
「悪ぃ……ちょっと……補充……」
「補充? って、うッ……」
弱々しい言葉と共に、唇が塞がれる。するりと難なく舌が入ってきてゆるゆると口内を探り始めるが、その動きはいつもに比べるとかなり緩慢だ。イエスの舌から感じ取れる体温も低い。
「んっ……ふぅ……」
振り払うこともできた。そうするとイエスがどうにかなってしまう気がして、シーレは大人しくされるがままでいた。
それでも、体がルークではないことに反応してびくりと震える。
「はッ……ぁ……」
「……悪かった」
唇を話したイエスは、申し訳なさそうな表情を浮かべていた。それがあまりに彼らしくなくて、シーレは怒るよりも先に驚いた。
「どうしたんだ?」
「オマエの言うとおりだな……ここのところ分離しまくってたから……」
「だから……いや、今はいい。とにかく戻れ」
血色も多少良くなり、声も元に戻ってはいるが、未だに危ういものがある。手を伸ばすとイエスは大人しく自身のそれを触れ合わせてきた。まだ体温は低い。
光が散り、歯科医が一瞬だけぶれる。イエスが戻ってきた体が多少重く感じられた。
「……イエス……」
『悪い……今ので多少回復はしたんだが……』
「僕の体は別にいいけど、お前は下手したらこの世界から弾き飛ばされるんだろ。……頼むから、無理はするな」
今、エッルークしんだわけじゃないんだ…エッルークシーレの耳綺麗だとか言ったんだ…というきもち。
閉じる
「なんでお前が寝てるんだよ、イエス!」
「あー?」
何故か全裸の自分と、上半身裸のイエスがベッドにいる。シーツを手繰り寄せてからシーレはイエスを揺さぶった。
「おい起きろ、こらっ!」
「……ンだよ……っせぇなぁ……」
長い赤の髪を掻き上げながら、イエスはシーレの手を払って起き上がった。イエスの髪の赤はシーレの赤よりも落ち着いていて深紅色をしている。
「お前、僕に何かしたかっ!?」
「あぁ? ……あー、今頃気づいたのか?」
鬱陶しげな表情から一変してにやりと笑う。胡座をかいて肘を突いた姿勢でイエスはシーレを見つめる。狭い一人用のベッドに男が二人。暑苦しいことこの上ない。
「何をしたんだまたお前はっ!」
「オレがオマエのためにいろいろしてやって。疲れて帰ってきたら、一人で熟睡してんだぞ? なんか腹立つだろ」
「恩着せがましい……どうせ『姉ちゃん』のためだろう」
シーレの呟きは無視される。
「で、ちょっと悪戯心で剥いてやっただけだよ。ったく、鈍いんだよなぁ。フツー脱がされてる途中で気づくだろ」
「悪かったね」
ふいとそっぽを向けば銀の髪が跳ねた。
イエスはシーレの頭を軽く叩く。子どもをあやす仕草に似ていた。
「あーんしんしろってぇ。この家でンなことしねぇよ」
「……っもう、気が済んだだろ。さっさと戻れよ」
「へぇい」
脱力、あるいは諦めたようなシーレの表情を笑い、イエスは手を伸ばした。二人でそのまま両手を重ね合わせる。指が絡まった次の瞬間、光が散ってイエスの姿は消えた。
「ふっ……」
シーレは溜め息を零す。イエスの行動に対してではない。イエスの疲労を感じ取ったからだ。シーレのためだけではないだろうが、イエスは本当にいろいろとしていたらしい。
シーレという宿主からの分離はイエスにとっても負担になるはずだ。現に疲労をシーレに隠し通せていない。
――長時間続けてはやめておけよ、イエス。
『……っかってるよ。ちょっと寝るから放っとけ』
イエスの意識が朧に溶けていくのを感じ、シーレはようやく顔を上げた。
(間が飛ぶ)
シーレは部屋を見回した。
狭い家だ。家具も古ぼけている。シーレには本来もっといい家も用意されていたが、彼は敢えてこの家を選んだ。前住人の物が残っていたからだ。本棚に目を遣れば、シーレにはわからない医学関係の本がぎっしり入っている。
壁に両手を突き、額を当てる。
「…………ルーク」
耳元のピアスが揺れて、とうに忘れていたはずの耳の痛みを感じた。
『シーレ』
「……何だ、寝てたんじゃないのか」
『まだ辛いか』
シーレの問いには答えず、イエスは静かに尋ねた。彼らしくない口調だが、滲む温かさにぽろりと言葉が零れた。
「……辛いよ。でも……この痛みを覚えていたいんだ」
共に過ごした時間は短かった。けれどルークには多くのものを貰った。
彼が言ったから、少し眠るだけでも髪はきちんと解くようになった。気楽な考え方も彼のおかげでできるようになった。軽い怪我の治療法も教わった。
何より、愛してもらった。
なのに自分は――
『……あれはアイツ本人の望みだっただろう。オマエがやらなきゃアイツは自分で自分を刺してた』
「わかってる……ああしなきゃ、レイリアも……けどッ……」
ルークは死んだわけじゃない。自分が殺したわけでもない。
消えただけだ。元に戻っただけだ。
彼は元から存在するはずのないものだったから。
「けど……割り切れないんだよ……」
すべてが魔素に還った中、たった一つ遺されたピアス。戒めの象徴である鎖のそれを、穴も開けていない耳に通した。
ルークが綺麗だと言ってくれた耳に。
「……いい加減、何十年も経つのに……レイリアに知られたら、鼻で笑われそうだけど」
『シーレ……』
笑おうとして失敗する。イエスの声が響いて、急に背後に気配が生まれた。
温かく包むような気配で、実際に体に腕が回された。実体を持ったイエスはシーレよりも上背がある。少しずつ体重を預けながら、息を吐く。
ルークのことを知っているのはレイリアとごく一部の者だちだけだ。レイリアは何十年も経ったんだから、と昔のできごとは表に出さない。他の者は気を遣って何も言わない。
だから過去のことについて、何もかも話せるのはイエスだけだ――話すまでもなく、イエスはすべてを見て知っているのだけれど。
「いいのか?」
「……何が」
「この家をそのままにして行っても」
「……ああ」
シーレはイエスの腕の中で天井を見上げた。ルークの温もりが残る、ルークの家。
「終焉を目指す旅、だからね」
「そう簡単にねーちゃんが見つかるとは思えねぇけどな」
「それでも、行くしかないだろう?」
「行くしかないだろう?」
吹っ切れた顔で背後を仰ぐ。そこには同じような表情を浮かべたイエスの、優しい紅の瞳があった。
(間が飛ぶ)
「イエス?」
広い箱は延々と昇ってゆく。地上から天上までノンストップ。気分が悪くなるのも仕方がない。
自分にもたれかかってきたイエスの背中に手を回し、撫でながらシーレは声を上げる。
「どうした? 酔ったか?」
「……っげぇよ……」
顔を伏せているため声がくぐもっているが、お世辞にも気分が良いとは言えない声だ。
「じゃあ酸欠か? とにかく、顔色を見せて……」
言い終わらないうちに、イエスが両手を伸ばしてくる。両頬を挟み込まれる。上げられた顔は血の気が引いていて青ざめているようだった。
「おま……大丈夫か?」
「悪ぃ……ちょっと……補充……」
「補充? って、うッ……」
弱々しい言葉と共に、唇が塞がれる。するりと難なく舌が入ってきてゆるゆると口内を探り始めるが、その動きはいつもに比べるとかなり緩慢だ。イエスの舌から感じ取れる体温も低い。
「んっ……ふぅ……」
振り払うこともできた。そうするとイエスがどうにかなってしまう気がして、シーレは大人しくされるがままでいた。
それでも、体がルークではないことに反応してびくりと震える。
「はッ……ぁ……」
「……悪かった」
唇を話したイエスは、申し訳なさそうな表情を浮かべていた。それがあまりに彼らしくなくて、シーレは怒るよりも先に驚いた。
「どうしたんだ?」
「オマエの言うとおりだな……ここのところ分離しまくってたから……」
「だから……いや、今はいい。とにかく戻れ」
血色も多少良くなり、声も元に戻ってはいるが、未だに危ういものがある。手を伸ばすとイエスは大人しく自身のそれを触れ合わせてきた。まだ体温は低い。
光が散り、歯科医が一瞬だけぶれる。イエスが戻ってきた体が多少重く感じられた。
「……イエス……」
『悪い……今ので多少回復はしたんだが……』
「僕の体は別にいいけど、お前は下手したらこの世界から弾き飛ばされるんだろ。……頼むから、無理はするな」
今、エッルークしんだわけじゃないんだ…エッルークシーレの耳綺麗だとか言ったんだ…というきもち。
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5億年ぶりに全部スマホで打っ…スワイプった #王女と騎士 #小咄
自暴/業自棄/得 …>1828のルクシレ※R-18/無理矢理未遂/モブ女(のおっぱい)が絡む
領主の件はお前の責任だ、新しい監督官は大層若いそうだがまだ手懐けられないのか。今回の連絡役として来た魔術師は高圧的にそんなことを捲し立てている。うんざりしながらルークはエールを飲み干し、極力静かにジョッキを置いた。
「領主に関しては前回の連絡役からの指示に従っている。監督官についても前回までの話では『様子を見ろ』だ。俺は指示以上のことはしない。あんたらの方で話が通ってないだけだろ?」
「そんなことは当たり前だ! 人工生命如きが意見するな!」
極力静かにジョッキを置いたルークの努力を吹き飛ばす声量に対し、眉を跳ね上げるだけに留めた自分を褒めてやりたい。
周囲に目をやる。折よく酔客同士の殴り合いが始まったところで、周りの酔っ払いたちが笑いながら囃し立て店主はどちらが勝つかと大声で煽っている。露出の多い店の女たちも客に擦り寄り、豊満な胸を寄せて早く賭けろと急かしていた。上品の対極のような酒場の薄暗い片隅で、男が一人怒鳴ろうと誰も気付きやしない。
ルークの表情になど気付きやしない――あるいは気付いたとて気にも留めないのだろうが――連絡役はぶつぶつと低く呟いている。怨嗟の独り言を聞き取るに、地上の利益を掠め取るために苦労して前任の連絡役を追い落としたのに、とのことである。
魔術師の島などと称すれど、そこには個々の欲望が蔓延るばかりだ。皆魔術的欲望が根底にあるが、ならばこそ個人主義、あるいは派閥主義として己の利のために他を退ける連中しかいない。地上の人間たちが想像するような、遠い昔に追われた地上を欲し魔術師共が日々恨みを募らせ結託しているような場所では決してない。島内で優位に立つために、一種の資源として地上を摘み食いする連中ばかりである。
――ある一人を除いて。
男は頭を掻きむしりながらぶつぶつと何事かを呟き続けている。ルークがそこらあたりの給仕に声をかけ、何杯目になるかもわからないエールを追加しても一向に気付きやしない。二杯目を空にする頃になってようやく結論を出したのか、魔術師は唸るように告げた。
「領主については静観だ、何かあればこちらから連絡する。監督官についてはこちらの手は明かさず懐柔しておけ。有事の際の盾になる程度にな!」
「……仰る通りに」
目を細めるルークに、魔術師はあからさまに舌打ちを返した。金貨を半ばテーブルに叩きつけて席を立つ。
「これだから人工生命は好かん! 馬鹿の一つ覚えだけで現場の判断もできやしない!」
ご丁寧に罵倒を残して立ち去る魔術師の背中に、今度はルークの方が舌打ちで見送った。
魔術師と言えども浅学を極める。彼は人工生命を石人形や使い魔と同じく、自由意志を持たず命令を遂行するだけの存在だと思っている。その程度の存在であれば生産コストと見合わないだろうに。否、彼程度の魔術師には人工生命の製造法は開示されていないのだろう。「人工生命」の呼称だけで思い込んで物を言う、探求を命題の一つとする魔術師としては致命的な欠陥だ。
――あるいは魔術師だからこそ認められないのかも知れない。被造物が対等に思考し意見するなど。
店の中央で怒号と歓声が一際大きくなる。酔客同士の殴り合いがフィナーレを迎えようとしているらしい。魔術照明ではないランプしかない店内は薄暗いが、血飛沫めいたものが散っているのも見えた。喧騒の只中でもうんざりした顔で給仕を続ける男を呼び止める。
「タバコ」
「そりゃサービス外だ、道具屋にでも行ってくれ」
「アンタが持ってるだろ。一本でいい」
魔術師の置いていった金貨を指で弾いて寄越せば、給仕は渋い顔で受け取った。代わりにズボンのポケットから紙巻きタバコを取り出し、机上に置く。ついでに空のジョッキもまとめて浚っていった。
「ドーモ」
至極勤勉な背中に声をかけ、ルークはタバコを摘み上げた。多少湿気ているが折れてはいない。爪先を弾いて魔術を起動する。弾けた火花で火を着けた。薄暗い店内の狂騒の中、見咎める人間もない。
紫煙を肺いっぱいに溜め、吐き出す。決して美味くはないが、蒙昧な魔術師が残した金貨が化けたと思えば悪くない。
島の魔術師の多くがああだ。あの男だけが特別愚かな訳ではない、殆どだ。己の信ずるところしか認められない、信じたいものしか理解できない。その範疇の外を知らない。島の大半は暗く、彼らの知らない魔術式が、思惑が、由来が、立場が存在するというのにそれすら知らない。知らされない。
実に哀れなことだ。石人形と変わらぬ扱いをしたルークの立場が己より上などと、あの男は一生考えもしないだろう。この被造の命が何の為に、誰の為に在るのか、少なくとも彼よりも余程優先されるものであるなどとは。
――ルークという存在には、生命には、明確に目的がある。
視界がちらつく。吐き出した紫煙が目に痛い。やはり不味いものは不味いのだと思いながら、手近な皿にタバコを押し付けて揉み消す。
何よりも厭うべき己の在り方を以て、厭うべき人間に人知れず優位を誇ろうとする、今の自分の思考こそ余程不味い。
金貨一枚分のタバコを惜しむ気も起きず、ルークは舌を打った――同時に眼前に、並々とエールの注がれたジョッキが差し出される。
「不味いよねぇ、それぇ」
甘ったるく溶けるような声だった。細く白い腕がジョッキを差し出している。
「口直しぃ。いらない?」
「……貰おうか」
胸元の大きく開いた――というのもおこがましい、申し訳程度に胸の頂を隠した装いの女だった。乱闘の最中、賭けを煽る連中の一人だったかも知れない。金貨一枚にタバコ一本では多過ぎると給仕の男が寄越したのだろう、実に勤勉なことである。
女から受け取ったジョッキを呷る。これも薄いがタバコよりはまともな味がする。女は魔術師の男が座っていた椅子を引き寄せ、ぴったりとルークに身を寄せるようにして座った。
「ね、さっきの、どっちに賭けたぁ?」
「賭けてない。見てもない」
「えーっ、お金あるのにぃ? あ、お金あるから賭けないのかぁ……」
あまり頭の良くない女らしい。そう判断してルークは周囲を窺った。相変わらず薄暗い片隅の席の会話に気づく人間は見当たらない。どちらが勝ったか知らないが、顔面のひしゃげた男たちが店の外へと引き摺られていて、そんな男たちを囃し立てていた客たちは彼らの行く末になど目もくれず勝った負けたと悲喜交々の様相を呈している。
この店には今日初めて訪れた訳ではない。が、顔馴染みと呼べるほど通っている訳でもない。ルークからすれば店側にも客側にも見覚えのある顔がいる、程度だ。先程の給仕の男は見覚えがあるが、この女は初めて見た。果たして店側からはどうだろう。山中の村で医者紛いをしている、とまでは知られていないだろうが、たまに現れては暗い隅の席で神経質な客と会い雑に金を使っていく、ぐらいの認識はされているかも知れない。
「賭けもしなくて、すみっこの暗ーいところで不味ーいタバコ吸って、つまらなくなぁい?」
「別に」
「別にかぁ」
女の手がルークの腿に触れる。薄い手だ。指が長く、骨が浮いていて、爪に凹凸がある。
ルークはジョッキを傾けながら女を見た。手と同じ薄っぺらい笑顔で女は首を傾げている。愛嬌はある。化粧も下手ではない。それでも暗い照明の下では歪な陰影が目立つ顔立ちだ。結った髪は綺麗に整えていても脂っぽさが残っている。
仮に始めた『お医者様』の割に、随分馴染んでしまったものだ。女の健康観察をやめて、ルークはジョッキを机に置いた。タイミングを図ったように女が口を開いた。
「ね、ひまならあたしと楽しいことしよ。お店の上、空いてるから。お金はいいからさぁ」
極論、タバコ一本にエール一杯を含めるとはいえ金貨一枚支払っているのだからそれはそうだろう。ルークの方はこんなサービスまでは頼んでいないが。
女の指先がコートの裾に潜り込んで、ルークの腿の上を這っていく。際どいところまで辿り着いて、するり、するりと上下に撫で上げる。
「お兄さん、よその人でしょ。どうせ泊まるんなら女の子と楽しいことしたっていいじゃない」
「さあ、どうだろうな」
女の手を捕まえて、逆にルークから指を這わせる。柔らかさに乏しい肌を悪戯に擽って、手首の内側を指の腹で撫でる。ルークの人差し指と親指で囲んでしまえそうな程に細い手首だった。
実際、今夜は村に戻らず泊まってもよかった。密会に指定された時間は遅く、既に夜もとっぷりと更けている。今から戻れば厳しい寒さの中、暗い山道を戻らなければならない。泊まりのつもりで近くの宿屋に馬も任せてきている。
擽ったいのか、女は笑いながら肩を竦ませている。肩のストラップが撓んで、辛うじて胸元を覆っていた布が浮く。小ぶりな胸が晒されて、野苺のような頂がつんと澄ましてルークを誘っていた。
「明日は朝も早いんだ。持病のある爺さんが山向こうの畑まで苗の植え付けに行くらしいから、その前に診てやんなきゃならない」
「あはっ……ぁ、ん、なにそれぇ……おもしろーい」
誘われるがまま女の胸元に手を差し入れ、なだらかな丘を手のひら全体でまるく撫でる。持ち上げるようにやわく揉んで耳元で囁けば、髪に焚きしめた香の匂いが強く掠める。女は身をくねらせて笑った。
そこでルークはするりと手を抜いた。あ、と女の声が上がる。
「だから今日は帰るよ、お相手ありがとう。あの給仕にも言っといてくれ。そんでこれで美味いもん食って、風呂入って、早く寝な」
「あ、うん、またねぇ」
ポケットから取り出した銀貨を何枚か女に握らせ、ルークは席を立った。勘定、と適当に声を上げれば、タバコの給仕とは別の男が寄ってくる。支払いを済ませたルークは変に目をつけられる前に早々に店を出る。
最後に店内を振り返れば、未だ隅のテーブルに掛けたままの女が呑気に手を振っている。やはり、あまり頭の良くない女だったようで、プライドを傷つけられたなどと怒る様子もない。
ああでも、自分も同じか。否、どれだけ蔑まれようと当たり障りのない答えだけ返して、腹の中で相手を見下していた自分よりもあの女の方が余程技量が良い。
女に片手を挙げるだけで返して、ルークは今度こそ店の外に出た。咎めるように吹き抜けた夜風が、ルークの背筋をぞわりと撫で上げた。
何となくルークの馬、という認識になっているが、無論個人の所有馬ではなく村の財産である。冷え込む夜道を走らせた労を撫でて労い、ルークは村の厩舎に馬を繋いだ。眠りを妨げられた他の馬たちが鼻を鳴らすのを制し、厩舎から診療所へと向かう。
小さな村の広場にも居並ぶ家々にも人の声はなく、しんとして夜に沈んでいる。数える程しかないガス灯は夜闇に抗するには足りず、空には粉をまぶしたように星々が瞬いていた。
実に健全だ。猥雑で夜など知らぬとばかりに、あるいは夜こそが王とばかりに昂るあの町に比べると実に健全で、静かで、穏やかで――つまり田舎だ。ルークは深々と感じ入りながら、なだらかな丘を登っていく。村を一望する丘の上には監督官邸が建ち、そして隣に寄り添うように――あるいは家屋を切り分けるように診療所が並び立っている。
ルークは一度立ち止まる。どちらの建物の窓にも灯りはない。そのことに僅かばかり渋面を浮かべ、我が家たる診療所のドアを押す。鍵がかかっていないことをまた苦く思いながら、冷たく暗い診察室を通り抜け奥の自宅部分へ。
そもそも、ルークは基本的に診療所の扉に施錠はしていない。素人が手を出すと困る薬の棚にだけは魔術で施錠しているが、他の棚も扉も誰が開けても構わないようにしてある。ルークはこの診療所に仮住まいをさせてもらっているだけで私物らしいものなど衣服ぐらいしかないし、金もろくに置いていない。ルークが不在の間でも自由に立ち入って必要に応じてできる処置をしてもらえばいいと思っていることもある。ルーク一人の住まいだと思えばそれで何も問題なかった――ルーク一人であれば。
一番奥の自室を開ける。やはり照明は点いておらず、代わりのようにルークの布団に薄い盛り上がりがある。コートを脱いで近くの椅子に投げ置きながら上掛けを捲れば、そこには予想通りの姿がある。
長い銀髪を散らして、青年が一人、丸くなっている。寝巻きに着ているのはルークの丈の長いシャツを一枚。以上。
――不可抗力の理由が幾つかある。ルークは重々理解している。
このシャツは任地に軍服しか持ってきていないという馬鹿を見かねて、着古したものを寝巻きにしろとルークがやったものだ。ズボンの余りまでは見当たらなかったのでやっていない。馬鹿のことは「任地の生活は四六時中勤務だから」と軍服のまま座って仮眠だけでやっていくつもりだったことから馬鹿と呼んでいる。
馬鹿なので、監督官邸にはベッドがない。青年の前任者が夜逃げめいて退任する際、善人ぶって監督官邸の中で使えるものがあれば持っていって良いと村人に分け与えたためだ。さすがの馬鹿も着任当初その事実には呆然とした様子だったが、前述の通り椅子が一脚あればいいと血相を変えてベッドの返却を申し出た村人に断ったためそのままになっている。断るな馬鹿。成人とはいえ成長途上の若者が馬鹿を極めた暮らしを隣で送ろうとするのも頭が痛く、診療所のベッドを客間ごと貸してやったのが事の始まりである。診察室か自室で大抵の用事は済むため、無用の長物になっていた客間ぐらいは貸してやってもいいと思ったのだ――王都から来たという元――現?――近衛騎士を観察する意味も込めて。
それがどうして自室の方で、ルークのベッドで馬鹿が寝ていることになるのかと言えば――あの一件からボーダーラインがグズグズになってしまったというのはある。当たり前だが毎夜同衾している訳ではない。いつもは馬鹿も従前の通り客室で寝ているが、今夜は帰るつもりがなかったため自室を使っていいとルーク自身が言い置いていたのだ。客室より自室の方がベッドも布団も質が良いので温かいだろうという善意であり、そしてルークの失態だった。
――つまり。全てルークが悪い。
ベッドの端に腰かける。馬鹿なシーレは変わらず一定の寝息を漏らしていて、目を開く様子はない。顔を覗き込めば銀の睫毛に縁取られた瞳は閉ざされ、唇は薄く開いて息を吸って吐いてと繰り返している。
何も知らない顔で、隣に何がいるのかも知らないで。
友誼を深めたつもりの男が何者なのか、いずれ何に成って、何を犯すのか。そんなことはつゆ程も考えることなく。
腹の底がぐつりと音を立てる。
衝動のままルークはベルトを寛げ、下着の中から己の欲望を取り出した。膝で撓む着衣を煩わしく思いながらベッドに乗り上げ、右手で欲を擦り上げながら左手でシーレのシャツの裾を捲った。さすがに下着は穿いている常識に頷きながら、そのまま引き下ろす。引き締まった臀部が丸出しになり、繰り返されていた寝息が少しだけ乱れる。
ここまでしてもこの程度か。呆れるような蔑むような気持ちになって、何よりもそんな身勝手な自分自身に苛立って仕方がない。嫌悪し唾棄すべき自嘲とは裏腹に、暗がりに白く映える青年の臀部と伸びやかな脚部を前にして欲望は徐々に昂っていく。
シーレの背中に覆い被さる。薄っぺらい背中はゆっくりと上下している。すぐ背後で男が息を荒げながら、己を性的に消費して身勝手な劣情を昂らせているというのに。ルークはくっと喉奥で笑いながら、やわく芯を持ったペニスを青年の尻に滑らせた。ぺちりと肉同士の弾む音が響き、滑りの足りない皮膚が摩擦を起こす。
その煩わしさも心地良く、ルークはゆっくりと腰を振った。乾いた皮同士の感触に滲み出た先走りが繰り返すうちにくちくちと微かな音を上げ始め、ほんのわずか滑りが良くなる。一際大きく腰を揺すって、ルークは自身の先端をぴったりと閉じられたシーレの内腿に突き入れた。
「んっ」
「はッ……シーレ」
寝汗でしっとりとした肌は吸い付くようで、内側の感触を思い出させる。ぞわぞわと背筋が粟立って、振り切るようにまた腰を揺する。内腿を貫いた先端が、やわく、ふっくらと湿気を孕んだ肉にぶつかる。揺すり上げればルークの肉茎の上に乗り上げて、思わず前に手を伸ばした。
「ぅ」
「……起きてるだろ、オマエ」
ちいさく跳ねる肩に顎を乗せて囁けば、ぴくりと明確な震えが返ってきた。
重なるペニスを二本纏めて手のひらに包み、そのままルークは腰を使う。途端に背中も肉茎も震えて、抗うように弱くシーレの手のひらが押し返してきた。
「起き、てる、ぅあ」
ちいさな声に耳朶を噛んで返せば、青年の体が僅かに仰け反った。
寝ているはずがないのだ。これは一応、精鋭の軍人らしい。常在戦場とでも言わんばかりに寝は浅く、何かあれば即覚醒する。ルークが帰宅した、もしくは馬が村に着いたあたりで目を覚ましていてもおかしくはない。
ち、とちいさく舌を打つ。今度はシーレの首裏に噛みつきながら、ルークは低く問うた。随分勝手な言い分だと自覚しながら。
「なんで止めねーの」
「ヒ、って、ルークが……ぁ、したい、んだろ、ぅあッ」
じうと首裏を吸う。同時にわざと音を立てながら、己とシーレのペニスをまとめて扱き上げる。ぐちゅぐちゅと聞くに耐えない音を上げて、二本の肉棒が粘つきながら硬度を高めていく。
銀色の頭が蠢く。振り返ろうとするそれを今度は耳にしゃぶりついて阻みながら、鼓膜に直接声を吹き込む。
「オレがしたかったら止めねーんだ? オマエ、こーゆーの何て呼ぶか知んねーの?」
「ァ、う……何……」
「レイプ」
ぎくりと、青年の体が強張った。
大人しくなったのをいいことに、ルークは手を緩めて再び腰を使う。滑らかな肌は二人分の先走りで濡れそぼり、随分と動かしやすくなっている。
「……だ、」
か細い声が気丈に鳴いた。腰を止めずに続きを待てば、シーレはシーツをきつく握りながら呻いた。
「ま、だ、はいってない、だろ……」
「……へーぇ」
ルークは低く笑った。
腰を引く。シーレが安堵して脱力するよりも早くその体を引っくり返し、シーツに肩を押し付けてやる。ぼふりと硬い綿に弾む体を割り、足の間に陣取ってやった。濡れそぼったペニスが、シャツの裾を押し上げて勃ち上がっている様がよく見える。
「おもしれーこと言えるじゃん。入れて欲しいの?」
「……それはお前だろ」
は、と短く吐かれた息は、実に溜め息に似ていた。
銀糸を透かして、銀の眼差しが伏している。ゆるりとルークを見据える。
――そう思った次の瞬間、ゴッと鈍い音と衝撃と共に視界がブラックアウトした。
何が起きたのかわからない。腰にシーレの足が巻き付いている。衝撃のまにまに仰け反るルークの背中が囲われて、そのままどさりと軽い衝撃に包まれた。今度こそ明確な、長い溜め息が耳元を流れていく。背中を撫でる手のひらがある。
「入れてもいいけど、終わったら早く風呂入って寝ろよ。酷い顔してるぞ、お前」
「……酷いか」
「酷い。あと、くさい。酒とタバコ」
すんとシーレの鼻が鳴る。髪に何かが触れる感覚。両腕に抱き締められて、胸の中を許されている。朝早くから誰か診てやるんじゃなかったか、そんな呟きまで降ってきて、ゆっくりと撫でられて、ルークはハ、と息を吐いた。
許されるまま、力を抜く。青年の肢体をゆるく掻き抱きながら、首のあたりに頭を擦り付ける。
「……たぶん嫌なことあった。悪かった」
「全然よくないけど、いいよ」
――どうせお前だし。
理解し難いその一言に酷く納得して、ルークは笑った。何笑ってるんだ、という青年の声は拗ねたような口調で、その癖嫌になるぐらい安堵と慈愛を滲ませている。
本当に嫌になる、いつか向けられるこの感情を失うことはわかっているのに、どうしようもなく今を嬉しいと思ってしまう。いいのだろうか、受け取ってしまっても。
「……いいか」
「いいよ」
ルークの真意も、行く末も、存在も。何一つ知らない青年は、だからこそルークを認めて頷いた。
すんとどこかで鼻が鳴った。随分と前に揉み消した紫煙が目端を刺激して、ルークは滲む視界にシーレを捉えながら囁いた。
「やり直すから、入れさせて」
「……な、らすところから、やり直すなら」
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自暴/業自棄/得 …>1828のルクシレ※R-18/無理矢理未遂/モブ女(のおっぱい)が絡む
領主の件はお前の責任だ、新しい監督官は大層若いそうだがまだ手懐けられないのか。今回の連絡役として来た魔術師は高圧的にそんなことを捲し立てている。うんざりしながらルークはエールを飲み干し、極力静かにジョッキを置いた。
「領主に関しては前回の連絡役からの指示に従っている。監督官についても前回までの話では『様子を見ろ』だ。俺は指示以上のことはしない。あんたらの方で話が通ってないだけだろ?」
「そんなことは当たり前だ! 人工生命如きが意見するな!」
極力静かにジョッキを置いたルークの努力を吹き飛ばす声量に対し、眉を跳ね上げるだけに留めた自分を褒めてやりたい。
周囲に目をやる。折よく酔客同士の殴り合いが始まったところで、周りの酔っ払いたちが笑いながら囃し立て店主はどちらが勝つかと大声で煽っている。露出の多い店の女たちも客に擦り寄り、豊満な胸を寄せて早く賭けろと急かしていた。上品の対極のような酒場の薄暗い片隅で、男が一人怒鳴ろうと誰も気付きやしない。
ルークの表情になど気付きやしない――あるいは気付いたとて気にも留めないのだろうが――連絡役はぶつぶつと低く呟いている。怨嗟の独り言を聞き取るに、地上の利益を掠め取るために苦労して前任の連絡役を追い落としたのに、とのことである。
魔術師の島などと称すれど、そこには個々の欲望が蔓延るばかりだ。皆魔術的欲望が根底にあるが、ならばこそ個人主義、あるいは派閥主義として己の利のために他を退ける連中しかいない。地上の人間たちが想像するような、遠い昔に追われた地上を欲し魔術師共が日々恨みを募らせ結託しているような場所では決してない。島内で優位に立つために、一種の資源として地上を摘み食いする連中ばかりである。
――ある一人を除いて。
男は頭を掻きむしりながらぶつぶつと何事かを呟き続けている。ルークがそこらあたりの給仕に声をかけ、何杯目になるかもわからないエールを追加しても一向に気付きやしない。二杯目を空にする頃になってようやく結論を出したのか、魔術師は唸るように告げた。
「領主については静観だ、何かあればこちらから連絡する。監督官についてはこちらの手は明かさず懐柔しておけ。有事の際の盾になる程度にな!」
「……仰る通りに」
目を細めるルークに、魔術師はあからさまに舌打ちを返した。金貨を半ばテーブルに叩きつけて席を立つ。
「これだから人工生命は好かん! 馬鹿の一つ覚えだけで現場の判断もできやしない!」
ご丁寧に罵倒を残して立ち去る魔術師の背中に、今度はルークの方が舌打ちで見送った。
魔術師と言えども浅学を極める。彼は人工生命を石人形や使い魔と同じく、自由意志を持たず命令を遂行するだけの存在だと思っている。その程度の存在であれば生産コストと見合わないだろうに。否、彼程度の魔術師には人工生命の製造法は開示されていないのだろう。「人工生命」の呼称だけで思い込んで物を言う、探求を命題の一つとする魔術師としては致命的な欠陥だ。
――あるいは魔術師だからこそ認められないのかも知れない。被造物が対等に思考し意見するなど。
店の中央で怒号と歓声が一際大きくなる。酔客同士の殴り合いがフィナーレを迎えようとしているらしい。魔術照明ではないランプしかない店内は薄暗いが、血飛沫めいたものが散っているのも見えた。喧騒の只中でもうんざりした顔で給仕を続ける男を呼び止める。
「タバコ」
「そりゃサービス外だ、道具屋にでも行ってくれ」
「アンタが持ってるだろ。一本でいい」
魔術師の置いていった金貨を指で弾いて寄越せば、給仕は渋い顔で受け取った。代わりにズボンのポケットから紙巻きタバコを取り出し、机上に置く。ついでに空のジョッキもまとめて浚っていった。
「ドーモ」
至極勤勉な背中に声をかけ、ルークはタバコを摘み上げた。多少湿気ているが折れてはいない。爪先を弾いて魔術を起動する。弾けた火花で火を着けた。薄暗い店内の狂騒の中、見咎める人間もない。
紫煙を肺いっぱいに溜め、吐き出す。決して美味くはないが、蒙昧な魔術師が残した金貨が化けたと思えば悪くない。
島の魔術師の多くがああだ。あの男だけが特別愚かな訳ではない、殆どだ。己の信ずるところしか認められない、信じたいものしか理解できない。その範疇の外を知らない。島の大半は暗く、彼らの知らない魔術式が、思惑が、由来が、立場が存在するというのにそれすら知らない。知らされない。
実に哀れなことだ。石人形と変わらぬ扱いをしたルークの立場が己より上などと、あの男は一生考えもしないだろう。この被造の命が何の為に、誰の為に在るのか、少なくとも彼よりも余程優先されるものであるなどとは。
――ルークという存在には、生命には、明確に目的がある。
視界がちらつく。吐き出した紫煙が目に痛い。やはり不味いものは不味いのだと思いながら、手近な皿にタバコを押し付けて揉み消す。
何よりも厭うべき己の在り方を以て、厭うべき人間に人知れず優位を誇ろうとする、今の自分の思考こそ余程不味い。
金貨一枚分のタバコを惜しむ気も起きず、ルークは舌を打った――同時に眼前に、並々とエールの注がれたジョッキが差し出される。
「不味いよねぇ、それぇ」
甘ったるく溶けるような声だった。細く白い腕がジョッキを差し出している。
「口直しぃ。いらない?」
「……貰おうか」
胸元の大きく開いた――というのもおこがましい、申し訳程度に胸の頂を隠した装いの女だった。乱闘の最中、賭けを煽る連中の一人だったかも知れない。金貨一枚にタバコ一本では多過ぎると給仕の男が寄越したのだろう、実に勤勉なことである。
女から受け取ったジョッキを呷る。これも薄いがタバコよりはまともな味がする。女は魔術師の男が座っていた椅子を引き寄せ、ぴったりとルークに身を寄せるようにして座った。
「ね、さっきの、どっちに賭けたぁ?」
「賭けてない。見てもない」
「えーっ、お金あるのにぃ? あ、お金あるから賭けないのかぁ……」
あまり頭の良くない女らしい。そう判断してルークは周囲を窺った。相変わらず薄暗い片隅の席の会話に気づく人間は見当たらない。どちらが勝ったか知らないが、顔面のひしゃげた男たちが店の外へと引き摺られていて、そんな男たちを囃し立てていた客たちは彼らの行く末になど目もくれず勝った負けたと悲喜交々の様相を呈している。
この店には今日初めて訪れた訳ではない。が、顔馴染みと呼べるほど通っている訳でもない。ルークからすれば店側にも客側にも見覚えのある顔がいる、程度だ。先程の給仕の男は見覚えがあるが、この女は初めて見た。果たして店側からはどうだろう。山中の村で医者紛いをしている、とまでは知られていないだろうが、たまに現れては暗い隅の席で神経質な客と会い雑に金を使っていく、ぐらいの認識はされているかも知れない。
「賭けもしなくて、すみっこの暗ーいところで不味ーいタバコ吸って、つまらなくなぁい?」
「別に」
「別にかぁ」
女の手がルークの腿に触れる。薄い手だ。指が長く、骨が浮いていて、爪に凹凸がある。
ルークはジョッキを傾けながら女を見た。手と同じ薄っぺらい笑顔で女は首を傾げている。愛嬌はある。化粧も下手ではない。それでも暗い照明の下では歪な陰影が目立つ顔立ちだ。結った髪は綺麗に整えていても脂っぽさが残っている。
仮に始めた『お医者様』の割に、随分馴染んでしまったものだ。女の健康観察をやめて、ルークはジョッキを机に置いた。タイミングを図ったように女が口を開いた。
「ね、ひまならあたしと楽しいことしよ。お店の上、空いてるから。お金はいいからさぁ」
極論、タバコ一本にエール一杯を含めるとはいえ金貨一枚支払っているのだからそれはそうだろう。ルークの方はこんなサービスまでは頼んでいないが。
女の指先がコートの裾に潜り込んで、ルークの腿の上を這っていく。際どいところまで辿り着いて、するり、するりと上下に撫で上げる。
「お兄さん、よその人でしょ。どうせ泊まるんなら女の子と楽しいことしたっていいじゃない」
「さあ、どうだろうな」
女の手を捕まえて、逆にルークから指を這わせる。柔らかさに乏しい肌を悪戯に擽って、手首の内側を指の腹で撫でる。ルークの人差し指と親指で囲んでしまえそうな程に細い手首だった。
実際、今夜は村に戻らず泊まってもよかった。密会に指定された時間は遅く、既に夜もとっぷりと更けている。今から戻れば厳しい寒さの中、暗い山道を戻らなければならない。泊まりのつもりで近くの宿屋に馬も任せてきている。
擽ったいのか、女は笑いながら肩を竦ませている。肩のストラップが撓んで、辛うじて胸元を覆っていた布が浮く。小ぶりな胸が晒されて、野苺のような頂がつんと澄ましてルークを誘っていた。
「明日は朝も早いんだ。持病のある爺さんが山向こうの畑まで苗の植え付けに行くらしいから、その前に診てやんなきゃならない」
「あはっ……ぁ、ん、なにそれぇ……おもしろーい」
誘われるがまま女の胸元に手を差し入れ、なだらかな丘を手のひら全体でまるく撫でる。持ち上げるようにやわく揉んで耳元で囁けば、髪に焚きしめた香の匂いが強く掠める。女は身をくねらせて笑った。
そこでルークはするりと手を抜いた。あ、と女の声が上がる。
「だから今日は帰るよ、お相手ありがとう。あの給仕にも言っといてくれ。そんでこれで美味いもん食って、風呂入って、早く寝な」
「あ、うん、またねぇ」
ポケットから取り出した銀貨を何枚か女に握らせ、ルークは席を立った。勘定、と適当に声を上げれば、タバコの給仕とは別の男が寄ってくる。支払いを済ませたルークは変に目をつけられる前に早々に店を出る。
最後に店内を振り返れば、未だ隅のテーブルに掛けたままの女が呑気に手を振っている。やはり、あまり頭の良くない女だったようで、プライドを傷つけられたなどと怒る様子もない。
ああでも、自分も同じか。否、どれだけ蔑まれようと当たり障りのない答えだけ返して、腹の中で相手を見下していた自分よりもあの女の方が余程技量が良い。
女に片手を挙げるだけで返して、ルークは今度こそ店の外に出た。咎めるように吹き抜けた夜風が、ルークの背筋をぞわりと撫で上げた。
何となくルークの馬、という認識になっているが、無論個人の所有馬ではなく村の財産である。冷え込む夜道を走らせた労を撫でて労い、ルークは村の厩舎に馬を繋いだ。眠りを妨げられた他の馬たちが鼻を鳴らすのを制し、厩舎から診療所へと向かう。
小さな村の広場にも居並ぶ家々にも人の声はなく、しんとして夜に沈んでいる。数える程しかないガス灯は夜闇に抗するには足りず、空には粉をまぶしたように星々が瞬いていた。
実に健全だ。猥雑で夜など知らぬとばかりに、あるいは夜こそが王とばかりに昂るあの町に比べると実に健全で、静かで、穏やかで――つまり田舎だ。ルークは深々と感じ入りながら、なだらかな丘を登っていく。村を一望する丘の上には監督官邸が建ち、そして隣に寄り添うように――あるいは家屋を切り分けるように診療所が並び立っている。
ルークは一度立ち止まる。どちらの建物の窓にも灯りはない。そのことに僅かばかり渋面を浮かべ、我が家たる診療所のドアを押す。鍵がかかっていないことをまた苦く思いながら、冷たく暗い診察室を通り抜け奥の自宅部分へ。
そもそも、ルークは基本的に診療所の扉に施錠はしていない。素人が手を出すと困る薬の棚にだけは魔術で施錠しているが、他の棚も扉も誰が開けても構わないようにしてある。ルークはこの診療所に仮住まいをさせてもらっているだけで私物らしいものなど衣服ぐらいしかないし、金もろくに置いていない。ルークが不在の間でも自由に立ち入って必要に応じてできる処置をしてもらえばいいと思っていることもある。ルーク一人の住まいだと思えばそれで何も問題なかった――ルーク一人であれば。
一番奥の自室を開ける。やはり照明は点いておらず、代わりのようにルークの布団に薄い盛り上がりがある。コートを脱いで近くの椅子に投げ置きながら上掛けを捲れば、そこには予想通りの姿がある。
長い銀髪を散らして、青年が一人、丸くなっている。寝巻きに着ているのはルークの丈の長いシャツを一枚。以上。
――不可抗力の理由が幾つかある。ルークは重々理解している。
このシャツは任地に軍服しか持ってきていないという馬鹿を見かねて、着古したものを寝巻きにしろとルークがやったものだ。ズボンの余りまでは見当たらなかったのでやっていない。馬鹿のことは「任地の生活は四六時中勤務だから」と軍服のまま座って仮眠だけでやっていくつもりだったことから馬鹿と呼んでいる。
馬鹿なので、監督官邸にはベッドがない。青年の前任者が夜逃げめいて退任する際、善人ぶって監督官邸の中で使えるものがあれば持っていって良いと村人に分け与えたためだ。さすがの馬鹿も着任当初その事実には呆然とした様子だったが、前述の通り椅子が一脚あればいいと血相を変えてベッドの返却を申し出た村人に断ったためそのままになっている。断るな馬鹿。成人とはいえ成長途上の若者が馬鹿を極めた暮らしを隣で送ろうとするのも頭が痛く、診療所のベッドを客間ごと貸してやったのが事の始まりである。診察室か自室で大抵の用事は済むため、無用の長物になっていた客間ぐらいは貸してやってもいいと思ったのだ――王都から来たという元――現?――近衛騎士を観察する意味も込めて。
それがどうして自室の方で、ルークのベッドで馬鹿が寝ていることになるのかと言えば――あの一件からボーダーラインがグズグズになってしまったというのはある。当たり前だが毎夜同衾している訳ではない。いつもは馬鹿も従前の通り客室で寝ているが、今夜は帰るつもりがなかったため自室を使っていいとルーク自身が言い置いていたのだ。客室より自室の方がベッドも布団も質が良いので温かいだろうという善意であり、そしてルークの失態だった。
――つまり。全てルークが悪い。
ベッドの端に腰かける。馬鹿なシーレは変わらず一定の寝息を漏らしていて、目を開く様子はない。顔を覗き込めば銀の睫毛に縁取られた瞳は閉ざされ、唇は薄く開いて息を吸って吐いてと繰り返している。
何も知らない顔で、隣に何がいるのかも知らないで。
友誼を深めたつもりの男が何者なのか、いずれ何に成って、何を犯すのか。そんなことはつゆ程も考えることなく。
腹の底がぐつりと音を立てる。
衝動のままルークはベルトを寛げ、下着の中から己の欲望を取り出した。膝で撓む着衣を煩わしく思いながらベッドに乗り上げ、右手で欲を擦り上げながら左手でシーレのシャツの裾を捲った。さすがに下着は穿いている常識に頷きながら、そのまま引き下ろす。引き締まった臀部が丸出しになり、繰り返されていた寝息が少しだけ乱れる。
ここまでしてもこの程度か。呆れるような蔑むような気持ちになって、何よりもそんな身勝手な自分自身に苛立って仕方がない。嫌悪し唾棄すべき自嘲とは裏腹に、暗がりに白く映える青年の臀部と伸びやかな脚部を前にして欲望は徐々に昂っていく。
シーレの背中に覆い被さる。薄っぺらい背中はゆっくりと上下している。すぐ背後で男が息を荒げながら、己を性的に消費して身勝手な劣情を昂らせているというのに。ルークはくっと喉奥で笑いながら、やわく芯を持ったペニスを青年の尻に滑らせた。ぺちりと肉同士の弾む音が響き、滑りの足りない皮膚が摩擦を起こす。
その煩わしさも心地良く、ルークはゆっくりと腰を振った。乾いた皮同士の感触に滲み出た先走りが繰り返すうちにくちくちと微かな音を上げ始め、ほんのわずか滑りが良くなる。一際大きく腰を揺すって、ルークは自身の先端をぴったりと閉じられたシーレの内腿に突き入れた。
「んっ」
「はッ……シーレ」
寝汗でしっとりとした肌は吸い付くようで、内側の感触を思い出させる。ぞわぞわと背筋が粟立って、振り切るようにまた腰を揺する。内腿を貫いた先端が、やわく、ふっくらと湿気を孕んだ肉にぶつかる。揺すり上げればルークの肉茎の上に乗り上げて、思わず前に手を伸ばした。
「ぅ」
「……起きてるだろ、オマエ」
ちいさく跳ねる肩に顎を乗せて囁けば、ぴくりと明確な震えが返ってきた。
重なるペニスを二本纏めて手のひらに包み、そのままルークは腰を使う。途端に背中も肉茎も震えて、抗うように弱くシーレの手のひらが押し返してきた。
「起き、てる、ぅあ」
ちいさな声に耳朶を噛んで返せば、青年の体が僅かに仰け反った。
寝ているはずがないのだ。これは一応、精鋭の軍人らしい。常在戦場とでも言わんばかりに寝は浅く、何かあれば即覚醒する。ルークが帰宅した、もしくは馬が村に着いたあたりで目を覚ましていてもおかしくはない。
ち、とちいさく舌を打つ。今度はシーレの首裏に噛みつきながら、ルークは低く問うた。随分勝手な言い分だと自覚しながら。
「なんで止めねーの」
「ヒ、って、ルークが……ぁ、したい、んだろ、ぅあッ」
じうと首裏を吸う。同時にわざと音を立てながら、己とシーレのペニスをまとめて扱き上げる。ぐちゅぐちゅと聞くに耐えない音を上げて、二本の肉棒が粘つきながら硬度を高めていく。
銀色の頭が蠢く。振り返ろうとするそれを今度は耳にしゃぶりついて阻みながら、鼓膜に直接声を吹き込む。
「オレがしたかったら止めねーんだ? オマエ、こーゆーの何て呼ぶか知んねーの?」
「ァ、う……何……」
「レイプ」
ぎくりと、青年の体が強張った。
大人しくなったのをいいことに、ルークは手を緩めて再び腰を使う。滑らかな肌は二人分の先走りで濡れそぼり、随分と動かしやすくなっている。
「……だ、」
か細い声が気丈に鳴いた。腰を止めずに続きを待てば、シーレはシーツをきつく握りながら呻いた。
「ま、だ、はいってない、だろ……」
「……へーぇ」
ルークは低く笑った。
腰を引く。シーレが安堵して脱力するよりも早くその体を引っくり返し、シーツに肩を押し付けてやる。ぼふりと硬い綿に弾む体を割り、足の間に陣取ってやった。濡れそぼったペニスが、シャツの裾を押し上げて勃ち上がっている様がよく見える。
「おもしれーこと言えるじゃん。入れて欲しいの?」
「……それはお前だろ」
は、と短く吐かれた息は、実に溜め息に似ていた。
銀糸を透かして、銀の眼差しが伏している。ゆるりとルークを見据える。
――そう思った次の瞬間、ゴッと鈍い音と衝撃と共に視界がブラックアウトした。
何が起きたのかわからない。腰にシーレの足が巻き付いている。衝撃のまにまに仰け反るルークの背中が囲われて、そのままどさりと軽い衝撃に包まれた。今度こそ明確な、長い溜め息が耳元を流れていく。背中を撫でる手のひらがある。
「入れてもいいけど、終わったら早く風呂入って寝ろよ。酷い顔してるぞ、お前」
「……酷いか」
「酷い。あと、くさい。酒とタバコ」
すんとシーレの鼻が鳴る。髪に何かが触れる感覚。両腕に抱き締められて、胸の中を許されている。朝早くから誰か診てやるんじゃなかったか、そんな呟きまで降ってきて、ゆっくりと撫でられて、ルークはハ、と息を吐いた。
許されるまま、力を抜く。青年の肢体をゆるく掻き抱きながら、首のあたりに頭を擦り付ける。
「……たぶん嫌なことあった。悪かった」
「全然よくないけど、いいよ」
――どうせお前だし。
理解し難いその一言に酷く納得して、ルークは笑った。何笑ってるんだ、という青年の声は拗ねたような口調で、その癖嫌になるぐらい安堵と慈愛を滲ませている。
本当に嫌になる、いつか向けられるこの感情を失うことはわかっているのに、どうしようもなく今を嬉しいと思ってしまう。いいのだろうか、受け取ってしまっても。
「……いいか」
「いいよ」
ルークの真意も、行く末も、存在も。何一つ知らない青年は、だからこそルークを認めて頷いた。
すんとどこかで鼻が鳴った。随分と前に揉み消した紫煙が目端を刺激して、ルークは滲む視界にシーレを捉えながら囁いた。
「やり直すから、入れさせて」
「……な、らすところから、やり直すなら」
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清書してくれ誰か #王女と騎士 #まんが



コール・セル:宮廷魔術師。シーレを弟分として見ている部署違いの同僚にして友人(シーレは友だちだと思っていいと思ってない)
マティス・姓を忘れた:王国軍軍人。コールとシーレを弟分として見ている部署違いの同僚にして友人(シーレは友だちだと思っていいと思ってない)魔術は門外漢なので画面外
左遷乙ウェ~イ↑↑のノリでシーレを心配して休暇取ってど田舎くんだりまで様子を見に来た2人
シーレ:しかし友人だと思っていいと思ってない
ルーク:何だよコイツトモダチいるじゃん…と思っている。在野の魔術師(島の魔術師)だと知られるとまずいので村の頼れるステキなヤブ医者さんの体裁を保っている。魔術すごいですねの棒読みがグラットンすごいですねみたいになってしまった
ちょうちょ結びのおさげやろう:シーレの体を使わないと出てこられないので画像はイメージです閉じる



コール・セル:宮廷魔術師。シーレを弟分として見ている部署違いの同僚にして友人(シーレは友だちだと思っていいと思ってない)
マティス・姓を忘れた:王国軍軍人。コールとシーレを弟分として見ている部署違いの同僚にして友人(シーレは友だちだと思っていいと思ってない)魔術は門外漢なので画面外
左遷乙ウェ~イ↑↑のノリでシーレを心配して休暇取ってど田舎くんだりまで様子を見に来た2人
シーレ:しかし友人だと思っていいと思ってない
ルーク:何だよコイツトモダチいるじゃん…と思っている。在野の魔術師(島の魔術師)だと知られるとまずいので村の頼れるステキなヤブ医者さんの体裁を保っている。魔術すごいですねの棒読みがグラットンすごいですねみたいになってしまった
ちょうちょ結びのおさげやろう:シーレの体を使わないと出てこられないので画像はイメージです閉じる
>1758🍙 #トウジンカグラ
しぐれはわりと楽観的で受け入れる度量が深いのでおむすびに対しても「これぐらいで…ヤァ!ど、どうして…」を繰り返す。味付けが濃すぎたり皮剥きすぎて可食部分が小さくなったりするのもこれ。たぶんりんごも片手で割れる。
この(どの?)時点の火群は己が何も知らないことを知っていてそんな己が何かを壊すのが怖いのでおむすびに対してもむすびが足りない。恐れるなおむすびを。言い訳に使われた男はそれっぽくおむすびの蘊蓄を語りながら米ノールックで穂群を見つめてむすんでいるおかしな男。見ろおむすびを。
しぐれはCV中●愛なので(ではない)「お兄ちゃんは本当は伯父さんより料理が上手なんだから!」って言って欲しかったのに言う間がなかった。米ノールックで穂群を見つめておむすぶ男より料理の腕が劣るって言われたら凩オッジもかわいそうなのでそれでよかったのかも知れない。
おわり閉じる
しぐれはわりと楽観的で受け入れる度量が深いのでおむすびに対しても「これぐらいで…ヤァ!ど、どうして…」を繰り返す。味付けが濃すぎたり皮剥きすぎて可食部分が小さくなったりするのもこれ。たぶんりんごも片手で割れる。
この(どの?)時点の火群は己が何も知らないことを知っていてそんな己が何かを壊すのが怖いのでおむすびに対してもむすびが足りない。恐れるなおむすびを。言い訳に使われた男はそれっぽくおむすびの蘊蓄を語りながら米ノールックで穂群を見つめてむすんでいるおかしな男。見ろおむすびを。
しぐれはCV中●愛なので(ではない)「お兄ちゃんは本当は伯父さんより料理が上手なんだから!」って言って欲しかったのに言う間がなかった。米ノールックで穂群を見つめておむすぶ男より料理の腕が劣るって言われたら凩オッジもかわいそうなのでそれでよかったのかも知れない。
おわり閉じる
三周年 #トウジンカグラ #小咄

「あーっ! またぁ……」
割れるように大きく響いて、そのくせ木枯らしの行く末のように寂しく消えていく。もう何度目になるだろうか、とにかく聞き飽きた声に呆れながら火群は傍らへと視線を遣った。ほそい女の手のひらで、ねっちょりと広がる白い何かを。
数日溜めて塊になったあれみたいだな、と刹那頭を過ぎったが、これがあまりに悪い考えだということぐらいは火群も理解している。何せ手の持ち主はしぐれだし、白く粘って広がる何かは米だったものだ。この娘のことも食べ物も、あんなものと結びつけてはいけない。故に火群は全く別の、しかしもう何度目になるだろうか、とにかく言い飽きた台詞を口にした。
「だから、どうやったらそォなンだよ」
「どうしてだろ、どうしてだと思う?」
「知ンね」
そんなもの、火群にわかるはずがない。何せ火群も方向は違えど似たようなものなので。
しぐれの手には白くてねっちょりした何かが広がっているが、火群の手のひらの方は白いつぶつぶに隙間なく覆われていた。無論、こちらも米である。目指した形に一向に添わないが、米としての体裁を保っている分しぐれよりはましだろう。これ以上どうしようもないので、とりあえず自分の手のひらに食いついた。
「私たち、いつになったらおむすびに辿り着けるのかな」
「オマエと一緒にすンな」
「一緒じゃん、火群くんも全然結べてないじゃん」
しぐれはねちょねちょを手のひらで丸めて口に含む。あれは餅だと思えばいいのかも知れない。
火群が米粒に食いつく間に、はあと溜め息をつきながらしぐれは桶に手を突っ込んだ。水の張ったそこから手を抜いて、一度傍らの手拭いで米の粘りを拭い取り、そして再び水に手を浸している。
「こうして手をしっかり濡らして、塩を手につけて、」
少女は小さな壺から摘まみ上げた塩を手に馴染ませる。続けて傍らの羽釜に手を入れた。釜敷きこそ敷かれているが、しぐれと火群の奮闘が長引いているため釜も中身もとうに冷め切っている。
「お米を手に取って、手のひらで転がすように……三角に……!」
気合を込めて呟きながら二度三度、大仰な動きを見せてしぐれは手のひらを開く。
やはり、そこにはねっちょりと白い餅のような何かがへばりついている。
「ああ……どうしてぇ……」
「力入れ過ぎだろ、それ」
やっと手のひらの米粒を食い尽くし、火群も水の入った桶に手を差し入れた。
手に塩を塗して、釜の中の米を掬い取る。いつだったか聞いた握り方を思い出す。
――手のひらで転がすんだ。力は込めずに、整えるつもりでいい。
――七宝では俵に握るようだが、フジでは三角に結ぶ。御山の形をなぞらえているらしいが、そもそもフジで米は稀少だから……
そう語る男は、火群の顔を覗き込んでいた。
火群に名前と命を与えた男が何を見ていたかなど今更疑うべくもない。あの春に焦がれる氷のような瞳のくすぐったさをも思い出す。一切手元を見ないままうつくしい三角に握られた米のことも。
あの動きをなぞらえたはずの火群が手を開けば――果たしてそこにはやはり、米粒だらけの手のひらがあった。あのとき氷雨がこちらばかり見ていたから、だから火群も氷雨を見返すことになって、手のひらの動きを注視できなかったのだ。頭の中で言い訳めいたことを考えて、そしてその原因が悲惨な台所に足を踏み入れ絶句するまであと少し。
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「あーっ! またぁ……」
割れるように大きく響いて、そのくせ木枯らしの行く末のように寂しく消えていく。もう何度目になるだろうか、とにかく聞き飽きた声に呆れながら火群は傍らへと視線を遣った。ほそい女の手のひらで、ねっちょりと広がる白い何かを。
数日溜めて塊になったあれみたいだな、と刹那頭を過ぎったが、これがあまりに悪い考えだということぐらいは火群も理解している。何せ手の持ち主はしぐれだし、白く粘って広がる何かは米だったものだ。この娘のことも食べ物も、あんなものと結びつけてはいけない。故に火群は全く別の、しかしもう何度目になるだろうか、とにかく言い飽きた台詞を口にした。
「だから、どうやったらそォなンだよ」
「どうしてだろ、どうしてだと思う?」
「知ンね」
そんなもの、火群にわかるはずがない。何せ火群も方向は違えど似たようなものなので。
しぐれの手には白くてねっちょりした何かが広がっているが、火群の手のひらの方は白いつぶつぶに隙間なく覆われていた。無論、こちらも米である。目指した形に一向に添わないが、米としての体裁を保っている分しぐれよりはましだろう。これ以上どうしようもないので、とりあえず自分の手のひらに食いついた。
「私たち、いつになったらおむすびに辿り着けるのかな」
「オマエと一緒にすンな」
「一緒じゃん、火群くんも全然結べてないじゃん」
しぐれはねちょねちょを手のひらで丸めて口に含む。あれは餅だと思えばいいのかも知れない。
火群が米粒に食いつく間に、はあと溜め息をつきながらしぐれは桶に手を突っ込んだ。水の張ったそこから手を抜いて、一度傍らの手拭いで米の粘りを拭い取り、そして再び水に手を浸している。
「こうして手をしっかり濡らして、塩を手につけて、」
少女は小さな壺から摘まみ上げた塩を手に馴染ませる。続けて傍らの羽釜に手を入れた。釜敷きこそ敷かれているが、しぐれと火群の奮闘が長引いているため釜も中身もとうに冷め切っている。
「お米を手に取って、手のひらで転がすように……三角に……!」
気合を込めて呟きながら二度三度、大仰な動きを見せてしぐれは手のひらを開く。
やはり、そこにはねっちょりと白い餅のような何かがへばりついている。
「ああ……どうしてぇ……」
「力入れ過ぎだろ、それ」
やっと手のひらの米粒を食い尽くし、火群も水の入った桶に手を差し入れた。
手に塩を塗して、釜の中の米を掬い取る。いつだったか聞いた握り方を思い出す。
――手のひらで転がすんだ。力は込めずに、整えるつもりでいい。
――七宝では俵に握るようだが、フジでは三角に結ぶ。御山の形をなぞらえているらしいが、そもそもフジで米は稀少だから……
そう語る男は、火群の顔を覗き込んでいた。
火群に名前と命を与えた男が何を見ていたかなど今更疑うべくもない。あの春に焦がれる氷のような瞳のくすぐったさをも思い出す。一切手元を見ないままうつくしい三角に握られた米のことも。
あの動きをなぞらえたはずの火群が手を開けば――果たしてそこにはやはり、米粒だらけの手のひらがあった。あのとき氷雨がこちらばかり見ていたから、だから火群も氷雨を見返すことになって、手のひらの動きを注視できなかったのだ。頭の中で言い訳めいたことを考えて、そしてその原因が悲惨な台所に足を踏み入れ絶句するまであと少し。
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色物芸能事務所社長の🌊、伝統芸能一家の長男だけど父親と折り合いが悪くて落ち目の☔、ポルノ動画配信者の🌾っていう現パロ妄想した。今人間の🌾は🌾ではないのでは??衝動をステイステイッ!!している #トウジンカグラ
自分が拝見できてなかったときの記事でもう随分前の話題だから触れなかったけどトウジンカグラと吾妻形、 #トウジンカグラ
☔は🌾が男としての悦楽は得なくていい(それで乱れてるところを見られるなら見て楽しむけどあくまで自分自身が与える男としての役割に受け手(女役)としての悦びだけ得ていればいいとかいう傲慢イズムクソやろう/🌾が男性器での快楽を得られるようになるのは本編後しばらく経って☔に弄り回されてからなのもある)ので、🌀に相談(した後紆余曲折あって🌊経由で入手)するレベルで随喜は使おうとするけど吾妻形には興味がない、むしろレベルアップして火群時代のビッチ感覚と優位性を取り戻した🌾が🌊経由で入手して「オレじゃなくてもこォンなにビックビクして、恥ずかしくないのかよ?そんなに気持ちいいかァ?♡♡なァ?♡♡」って☔のちんちん可愛がってくれることになるのでよかったね。でも最後は感じてる☔見て吾妻形に嫉妬して「ンなモンよりオレん中の方が気持ちいいだろ?挿入れてェンだろ?♡♡ほら…ァ、ッ…!!♡♡」って乗っかってくれるからよかったね。
耀灌さんは玩具を使うぐらいなら女を呼ぶけどそれより先に沙羅様がシュバッてきて使ってくれるよよかったね。「こぉんなものが気持ちいいんですの?ビクビクして…あらあら、もう出てしまいますか?可愛いですわね、耀灌様っ♡」ってゴシゴシしてくれるよよかったね
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☔は🌾が男としての悦楽は得なくていい(それで乱れてるところを見られるなら見て楽しむけどあくまで自分自身が与える男としての役割に受け手(女役)としての悦びだけ得ていればいいとかいう傲慢イズムクソやろう/🌾が男性器での快楽を得られるようになるのは本編後しばらく経って☔に弄り回されてからなのもある)ので、🌀に相談(した後紆余曲折あって🌊経由で入手)するレベルで随喜は使おうとするけど吾妻形には興味がない、むしろレベルアップして火群時代のビッチ感覚と優位性を取り戻した🌾が🌊経由で入手して「オレじゃなくてもこォンなにビックビクして、恥ずかしくないのかよ?そんなに気持ちいいかァ?♡♡なァ?♡♡」って☔のちんちん可愛がってくれることになるのでよかったね。でも最後は感じてる☔見て吾妻形に嫉妬して「ンなモンよりオレん中の方が気持ちいいだろ?挿入れてェンだろ?♡♡ほら…ァ、ッ…!!♡♡」って乗っかってくれるからよかったね。
耀灌さんは玩具を使うぐらいなら女を呼ぶけどそれより先に沙羅様がシュバッてきて使ってくれるよよかったね。「こぉんなものが気持ちいいんですの?ビクビクして…あらあら、もう出てしまいますか?可愛いですわね、耀灌様っ♡」ってゴシゴシしてくれるよよかったね
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20年ぐらい前のスクリーントーン時代の初期設定が出てきたぞ。あたまが大きいけど基本的に今と絵が変わらなくてすごい!設定は変わってるというか忘れたというか知らんこといっぱい書いてあるルークがシーレと文通して筆まめなとこは変わってない面白 #王女と騎士

🌾を挟んだ☔️と🌊の絡みは無限に見てェ~のですけど🌊に甲斐性なしって言われたらそんなことありません😠💢て言いながら内心そうかも…😰ってグサグサ刺さる天ノ端・甲斐性なし・氷雨だろうし☔️が閨で突っ込む以外の愛撫とパターン少ない問題知ったら「🌊オレが実演してやろうか?🤭(🌾に対して☔️の立場で)(☔️に教え込むつもりで🌊から☔️に)」になるから☔️はまじで🌊のことイヤ #トウジンカグラ
悲鳴と歓声が二重に絡まって尾を引いて、あっという間に置き去りになる。
遠い遠い、高い高い空の向こうへ置いてけぼり。ふたりはぐんぐん遠ざかる。悲鳴から、過去から。ふたりを縛っていた何もかもから。
ねえ! 歓声が叫んだ。ごうごうという風の音の向こうで、あまりに鮮明な声だった。それもまた頭のずっと遠くに置き去りになった。それでも獣の仔は確かに聞いた。地上に着いたら何しよっか! 悲鳴を上げながら、ずっと向こうのことばを捉えた。ごうごうと唸る音の中、考えた。
何をしようか。何かできるのだろうか。
地面を這って進むか弱い虫のように、影を進んで生きるだけではないのだろうか。歓声は潜むことなど何も知らない明るさで、ただただ落下の自由を叫んでいる。どんどん自由が近づいてくる。大地はその大きな手を広げて、空の島から落ちてくるふたりを待っている――
そういうことは、生きて降りてから考えましょうよ! 悲鳴は泣きを含んで答えたが、涙はまた空の彼方に置き去りになった。きらきらしながら舞い上がって、ふたりの墜落を祝っていた。
(ギベルとレイリア/王女と騎士)
冒険の始まりだヤッホー! ヒエエェェ…!!
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