No.2305

Day4「口ずさむ」 #文披31題 #小咄 #トウジンカグラ

 子守唄だろうか。だろうか、というのもまず、子守唄など聞いたのは随分と昔のことだったし、その記憶の調べと違っていた気がしたからだ。ゆったりと深く染み入るような声がやさしく、眠りに誘うものだと感じたから、子守唄だと思ったのだろう。
 だとしたら、目を覚ますのは申し訳ないだろうか。ぼんやりと考えること自体寝起きの証左で、だから瞼を開くか否か逡巡した。逡巡とは思考のことで、益々意識は浮上する。髪の生え際に滲む汗と、しっとりと長着の内側に篭もる湿気た感覚と、それから頭の下の固くもやわらかい感触に気づく。ゆったりとした調べの隙間、かーわいい、と囁く声が鼓膜を掠めていく。
「先生? ……起きちゃいました?」
 子どもの頃に聞いた、母ちゃんの真似だったんですけど。ほんの少しの申し訳なさに、ほんの少しの笑いを含んだ声が続く。それが誰の声か理解して、いいやきっと最初から、彼だと気づいていたのだけれど、とにかくその稚気と、滲み出る懐かしさと慈しみに思わず笑みがこぼれた。
 寝ているよ、と答えれば、この時が続くのだろうか。門下生たちが来るまであとどれほどかと考えながら、紫燕はゆっくりと唇を開いた。
(紫燕と野分/トウジンカグラ)

しえのわだと思ってるけどしえのわとは明言しないそのギリギリにいたい…ってワケ!
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