No.2304

Day3「鏡」 #文披31題 #小咄 #王女と騎士

 この季節は早くに目が覚める。日の出が早いから、寸の足りないカーテンからは白々と朝日が差し込んできて顔にぶつかる。気温も高く、朝日で温められてじんわりと熱くなる。だから時にはぺっとりと汗を掻いて目を覚ますのだ。
 今日もそれだと思った。いつもより身体がべたべたして、擦り減って穴が空く寸前の寝間着が貼りついていた。使い込まれて薄く軽いはずのお下がりのシャツが、濡れて重たい。これまた薄い布団に粘ついて、糸を引くような気持ちで身を起こした。足の裏まで汗で濡れているような不快感があって、だから軋む寝台から下りるときに靴は履かなかった。
 他の寝台は静かで、きょうだいたちは誰も目覚めていない。もしかするとまだ、先生たちも起きていないかも知れなかった。身を起こせば朝日は思ったよりも薄く、室内は青く濃い影に満ちている。
 なので殊更にゆっくりと歩く。素足がぺとりと、木目の床を踏んで微かな音を立てる。外で水でも浴びてこようと、ぺと、ぺとり、寝台の間を縫って歩いて行く。なぞるように視界の隅で影が動いた。
 部屋の出入り口に立てかけられた姿見だった。孤児たちに身なりに気をつけるよう促すそれは古ぼけて曇っていたが、だいたい自分の姿形を知るぐらいの役には立つ。今は不要なもので、けれど夜明け前の静けさに蠢くそれはどうしても目に付いた。
 青い、目覚め前の時間。そこに映り込む子どもは白けた容姿をしている、はずだった。
 青い、目覚め前の時間。そこに濃い黒が貼りついている。
 銀の髪に、白い頬に、色の抜けたシャツに、ほっそりした手足にも。ぐっしょりと、滴って、黒が纏わり付いている。
 は、と息が漏れた。まだ寝惚けているのだろうか。これでは汗ではなくてまるで。
 そう思うと同時にぶわり、ちいさな身体から汗が噴き出す。何が起きているかわからなくて、ただただ恐ろしくて、足音を潜めるのも忘れて走り出した。乾き始めていた黒い足音を反対からなぞるように、新しい足音を上書きして。
 やがて水を被るために飛び出した外で、惨劇の残骸に直面した声が鬨の声に似て響く。くすんだ姿見の中で、取り残された赤い残像が笑っていた。
(シーレ/王女と騎士)

初めて自分の本質が成して、自分への疑いに気づいた朝
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