三周年 #トウジンカグラ #小咄3にまつわる火群としぐれの小咄「あーっ! またぁ……」 割れるように大きく響いて、そのくせ木枯らしの行く末のように寂しく消えていく。もう何度目になるだろうか、とにかく聞き飽きた声に呆れながら火群は傍らへと視線を遣った。ほそい女の手のひらで、ねっちょりと広がる白い何かを。 数日溜めて塊になったあれみたいだな、と刹那頭を過ぎったが、これがあまりに悪い考えだということぐらいは火群も理解している。何せ手の持ち主はしぐれだし、白く粘って広がる何かは米だったものだ。この娘のことも食べ物も、あんなものと結びつけてはいけない。故に火群は全く別の、しかしもう何度目になるだろうか、とにかく言い飽きた台詞を口にした。「だから、どうやったらそォなンだよ」「どうしてだろ、どうしてだと思う?」「知ンね」 そんなもの、火群にわかるはずがない。何せ火群も方向は違えど似たようなものなので。 しぐれの手には白くてねっちょりした何かが広がっているが、火群の手のひらの方は白いつぶつぶに隙間なく覆われていた。無論、こちらも米である。目指した形に一向に添わないが、米としての体裁を保っている分しぐれよりはましだろう。これ以上どうしようもないので、とりあえず自分の手のひらに食いついた。「私たち、いつになったらおむすびに辿り着けるのかな」「オマエと一緒にすンな」「一緒じゃん、火群くんも全然結べてないじゃん」 しぐれはねちょねちょを手のひらで丸めて口に含む。あれは餅だと思えばいいのかも知れない。 火群が米粒に食いつく間に、はあと溜め息をつきながらしぐれは桶に手を突っ込んだ。水の張ったそこから手を抜いて、一度傍らの手拭いで米の粘りを拭い取り、そして再び水に手を浸している。「こうして手をしっかり濡らして、塩を手につけて、」 少女は小さな壺から摘まみ上げた塩を手に馴染ませる。続けて傍らの羽釜に手を入れた。釜敷きこそ敷かれているが、しぐれと火群の奮闘が長引いているため釜も中身もとうに冷め切っている。「お米を手に取って、手のひらで転がすように……三角に……!」 気合を込めて呟きながら二度三度、大仰な動きを見せてしぐれは手のひらを開く。 やはり、そこにはねっちょりと白い餅のような何かがへばりついている。「ああ……どうしてぇ……」「力入れ過ぎだろ、それ」 やっと手のひらの米粒を食い尽くし、火群も水の入った桶に手を差し入れた。 手に塩を塗して、釜の中の米を掬い取る。いつだったか聞いた握り方を思い出す。 ――手のひらで転がすんだ。力は込めずに、整えるつもりでいい。 ――七宝では俵に握るようだが、フジでは三角に結ぶ。御山の形をなぞらえているらしいが、そもそもフジで米は稀少だから…… そう語る男は、火群の顔を覗き込んでいた。 火群に名前と命を与えた男が何を見ていたかなど今更疑うべくもない。あの春に焦がれる氷のような瞳のくすぐったさをも思い出す。一切手元を見ないままうつくしい三角に握られた米のことも。 あの動きをなぞらえたはずの火群が手を開けば――果たしてそこにはやはり、米粒だらけの手のひらがあった。あのとき氷雨がこちらばかり見ていたから、だから火群も氷雨を見返すことになって、手のひらの動きを注視できなかったのだ。頭の中で言い訳めいたことを考えて、そしてその原因が悲惨な台所に足を踏み入れ絶句するまであと少し。閉じる 2025.1.20(Mon) 01:07:01 ネタ
「あーっ! またぁ……」
割れるように大きく響いて、そのくせ木枯らしの行く末のように寂しく消えていく。もう何度目になるだろうか、とにかく聞き飽きた声に呆れながら火群は傍らへと視線を遣った。ほそい女の手のひらで、ねっちょりと広がる白い何かを。
数日溜めて塊になったあれみたいだな、と刹那頭を過ぎったが、これがあまりに悪い考えだということぐらいは火群も理解している。何せ手の持ち主はしぐれだし、白く粘って広がる何かは米だったものだ。この娘のことも食べ物も、あんなものと結びつけてはいけない。故に火群は全く別の、しかしもう何度目になるだろうか、とにかく言い飽きた台詞を口にした。
「だから、どうやったらそォなンだよ」
「どうしてだろ、どうしてだと思う?」
「知ンね」
そんなもの、火群にわかるはずがない。何せ火群も方向は違えど似たようなものなので。
しぐれの手には白くてねっちょりした何かが広がっているが、火群の手のひらの方は白いつぶつぶに隙間なく覆われていた。無論、こちらも米である。目指した形に一向に添わないが、米としての体裁を保っている分しぐれよりはましだろう。これ以上どうしようもないので、とりあえず自分の手のひらに食いついた。
「私たち、いつになったらおむすびに辿り着けるのかな」
「オマエと一緒にすンな」
「一緒じゃん、火群くんも全然結べてないじゃん」
しぐれはねちょねちょを手のひらで丸めて口に含む。あれは餅だと思えばいいのかも知れない。
火群が米粒に食いつく間に、はあと溜め息をつきながらしぐれは桶に手を突っ込んだ。水の張ったそこから手を抜いて、一度傍らの手拭いで米の粘りを拭い取り、そして再び水に手を浸している。
「こうして手をしっかり濡らして、塩を手につけて、」
少女は小さな壺から摘まみ上げた塩を手に馴染ませる。続けて傍らの羽釜に手を入れた。釜敷きこそ敷かれているが、しぐれと火群の奮闘が長引いているため釜も中身もとうに冷め切っている。
「お米を手に取って、手のひらで転がすように……三角に……!」
気合を込めて呟きながら二度三度、大仰な動きを見せてしぐれは手のひらを開く。
やはり、そこにはねっちょりと白い餅のような何かがへばりついている。
「ああ……どうしてぇ……」
「力入れ過ぎだろ、それ」
やっと手のひらの米粒を食い尽くし、火群も水の入った桶に手を差し入れた。
手に塩を塗して、釜の中の米を掬い取る。いつだったか聞いた握り方を思い出す。
――手のひらで転がすんだ。力は込めずに、整えるつもりでいい。
――七宝では俵に握るようだが、フジでは三角に結ぶ。御山の形をなぞらえているらしいが、そもそもフジで米は稀少だから……
そう語る男は、火群の顔を覗き込んでいた。
火群に名前と命を与えた男が何を見ていたかなど今更疑うべくもない。あの春に焦がれる氷のような瞳のくすぐったさをも思い出す。一切手元を見ないままうつくしい三角に握られた米のことも。
あの動きをなぞらえたはずの火群が手を開けば――果たしてそこにはやはり、米粒だらけの手のひらがあった。あのとき氷雨がこちらばかり見ていたから、だから火群も氷雨を見返すことになって、手のひらの動きを注視できなかったのだ。頭の中で言い訳めいたことを考えて、そしてその原因が悲惨な台所に足を踏み入れ絶句するまであと少し。
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