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Day8「足跡」 #文披31題 #小咄 #リボ

 風に浚われて消えていく。
 そのことを苛立たしく思いながら、主人の軌跡を追いかける。この苛立ちの源泉が何なのかは知らない。何か、衝動が口を突いて溢れそうになる。
 なのでぐっと、唇を引き結んで耐えた。吹き荒ぶ風には砂が混ざって、ああこの砂さえなければ、そうも思った。あの砂の国で生まれたというだけの繋がりがなければ、きっと彼にここまで翻弄されることもなかっただろうに。
 その日々の終わりも、近いけれど。
 丘陵の向こうに、見慣れた赤銅色が靡いている。舞う砂粒にも掻き消されない鮮やかな色。熱気が青空に抜けていく、その只中に立つ背中。馴染みの肩布を風に遊ばせて堂々と、なのに、どこか、昔よりも細く見える背中。
 名前を呼んだ。風音を真っ直ぐに貫いて、声は主人の下まで届いた。ゆっくりと、赤銅を靡かせたまま振り返る。翡翠の瞳がこちらを認め、細められる。その様が苛立たしくて、胸の奥の方が締めつけられるようで、耐えた分の小言を意味もなく吐き出しながら駆け出した。消える寸前の主の軌跡を足裏でなぞり、深く深く、砂に刻みつけていく。自身で上から書き記してゆく。
(カイとストラル/風紋記)

もうすぐ死別することを理解してる主従。
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Day7「あたらよ」  #文披31題 #小咄 #トウジンカグラ

 満天の星々に、淡く白い靄が川となって流れている。
 その無数の煌めきを、黄金の瞳が見上げている。伸びやかに育った苗が青くそよぐ時分で、その瞳の色は未だ遠く恋しい輝きだ。この里では見られない、実りの輝き。遠い憧憬。
 けれど今は、氷雨の手の届くところにある。衝動のままに手を伸ばす。結った髪がふわりと揺れて振り返る。降り注ぐほどの星夜から濃い藍色へと煌めきを変えて、そして和やかに細められる。かと思えば見えなくなった。近すぎて見えなくなる距離は、惜しむ心と心地良さを連れている。
 故に、氷雨も瞳を閉ざす。黄金の煌めきが残る瞼の裏で、触れる感覚と熱だけが鮮やかだ。唇に熱が触れて、かぷかぷと食いついてくる。求められるままに唇を開いて、けれどこちらから先に仕掛けてやった。入り込んで、熱に触れて、絡め取る。溢れるものを飲み下して、ぬるぬると擦り合わせる。んぅ、と幼い声が互いの口の中で広がって、消えていく。そこまでも深くのめり込んでいける、けれどやはり穂の群れのような輝きが見えないのは惜しい。ふぅふぅと間近に触れる呼吸が浅くなったところで、重ねた唇を名残惜しくも解放する。
 ぷは、と幼く息を吐く音。続けて微かな笑い声。星明かりの下で、実りの黄金色が細められている。かと思えばぐっと引き倒されて、星々は遠く氷雨の背の向こう側になった。なァ、と囁く声はやわらかな熱を孕んでいて、氷雨の身体とぴったりと重なる。氷雨だけを見つめる輝きはどうしたって美しく、どこまでも愛おしかった。
(氷雨×穂群/トウジンカグラ)

天ノ端氷雨の誕生日。
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Day6「重ねる」 #文披31題 #小咄 #翼角

 あづい、あづいと呻けども、隣からは、そうだな、しか返ってこない。しかしながら相槌が返ってくるようになっただけ真宮鷹臣という少年も成長したのだと、本郷大和は知っている。去年の今時分は非効率だ、必要な人間が行けばいい、そうでなければクーラーボックスを持ってくるべきではなどと呟いて、大和の後ろをつかず離れず歩いていたはずだ。
 その後寮に辿り着く寸前に、彼の姉にバイクでドライブに誘わ(ほぼ誘拐さ)れたことも今や懐かしい。そう思いながら暑さに耐えかねて、大和は重いビニール袋に手を突っ込んだ。ひやりとした感覚を堪能しながら適当に掴んだそれは、スイカを模したアイスバーである。
「食べるのか」
「うん、もう暑い、無理」
 アスファルトの歩道は長く、落ちる影は濃く、そして前方の景色は熱によって揺らいでいる。ならば許されるだろう、命がかかっていると言っても過言ではない。溶ける前に食べられるのは、この酷暑に買い出しに出た英雄の特権である。パッケージの開かれるバリッという音が小気味よく、棒を掴んでアイスを取り出す様は聖剣を引き抜くに似ている、かも知れない。
 茹だった頭のまま真っ赤な先端に齧りつこうとすれば、暑さなどものともしない声が疑問を重ねてくる。
「なんだ、それは」
「……食べたことない?」
 汗の滲む目尻に視線を寄せれば、何の術を使っているのやら、汗ひとつない白皙がこくりと頷く。まじか、という気持ちと、だろうな、という納得が脳裏を駆け抜けた。その程度には大和少年は真宮鷹臣という存在を理解していた。
 ので、赤と緑の三角形を隣に向かって傾けた。あまりの熱気にスイカは早くも輪郭を揺らがせていて、棒に赤と緑の水気が指にまで伝い始めている。食べる? 誘う声を出したつもりだったが、ひゅっと喉が鳴っただけだった。それもまた蝉時雨に掻き消されていく。
 涼しげな顔と声に反して、大和の手首を掴む手は熱かった。アイスに触れないように――大和が本命で差し出したのはこちらだったというのに――器用に、指に絡まる甘い水を舐め掬う舌は、もっともっと熱かった。
 悲鳴も蝉たちの大音声に掻き消える。真夏の昼下がり、寮までの道に人影はなく、鷹臣の蛮行は重なった二人の影だけが知っている。
(鷹臣×大和/翼角高校奇譚)

本編おみやまED後軸高校2年生のふたり。いけっ真宮鷹臣!鷹臣のなめる!がんばれ本郷大和!大和のはたく!
全創作でやりたいので翼角にも出てきてもらおうと思いました。

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Day5「三日月」 #文披31題 #小咄 #トウジンカグラ

 星が瞬いて、靄がかかっている。月は爪を立てたような細さで、夜を照らすほどもない。
 すっかり夜闇に慣れた目に、紅蓮の輝きが眩しい。細々とした頼りない夜明かりを集めて、赫灼を封じた刀刃が聳え立っている。
 その光に縋るように、ゆるりと影が蠢く。緩慢に身を起こし、するとぱたり、ぱたり、地面に重たく水の落ちる音が響く。ただ追いかけて眺めれば、剥き出しの足を滑り落ちた粘いものがいくつかの染みを河原の石に作っていた。
 内腿に指を伸ばす。粘いものを掬って、口の中に運ぶ。舌を刺すような感覚がある。
 まっさらになった指で、刀刃の柄を掴んだ。すっかり流れ落ちた赤をひと振りで散らして、刃先を天へと向ける。細い細い月の光に、鋭い切っ先が重なった。濡れた唇がことばもなく、貫かれた月の形に撓った。
(火群/トウジンカグラ)

7月の火群は以下略で、氷雨の誕生日に望まれる天の川の下で行きずりの人間と行為に及んでるのが皮肉というはなし
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Day4「口ずさむ」 #文披31題 #小咄 #トウジンカグラ

 子守唄だろうか。だろうか、というのもまず、子守唄など聞いたのは随分と昔のことだったし、その記憶の調べと違っていた気がしたからだ。ゆったりと深く染み入るような声がやさしく、眠りに誘うものだと感じたから、子守唄だと思ったのだろう。
 だとしたら、目を覚ますのは申し訳ないだろうか。ぼんやりと考えること自体寝起きの証左で、だから瞼を開くか否か逡巡した。逡巡とは思考のことで、益々意識は浮上する。髪の生え際に滲む汗と、しっとりと長着の内側に篭もる湿気た感覚と、それから頭の下の固くもやわらかい感触に気づく。ゆったりとした調べの隙間、かーわいい、と囁く声が鼓膜を掠めていく。
「先生? ……起きちゃいました?」
 子どもの頃に聞いた、母ちゃんの真似だったんですけど。ほんの少しの申し訳なさに、ほんの少しの笑いを含んだ声が続く。それが誰の声か理解して、いいやきっと最初から、彼だと気づいていたのだけれど、とにかくその稚気と、滲み出る懐かしさと慈しみに思わず笑みがこぼれた。
 寝ているよ、と答えれば、この時が続くのだろうか。門下生たちが来るまであとどれほどかと考えながら、紫燕はゆっくりと唇を開いた。
(紫燕と野分/トウジンカグラ)

しえのわだと思ってるけどしえのわとは明言しないそのギリギリにいたい…ってワケ!
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Day3「鏡」 #文披31題 #小咄 #王女と騎士

 この季節は早くに目が覚める。日の出が早いから、寸の足りないカーテンからは白々と朝日が差し込んできて顔にぶつかる。気温も高く、朝日で温められてじんわりと熱くなる。だから時にはぺっとりと汗を掻いて目を覚ますのだ。
 今日もそれだと思った。いつもより身体がべたべたして、擦り減って穴が空く寸前の寝間着が貼りついていた。使い込まれて薄く軽いはずのお下がりのシャツが、濡れて重たい。これまた薄い布団に粘ついて、糸を引くような気持ちで身を起こした。足の裏まで汗で濡れているような不快感があって、だから軋む寝台から下りるときに靴は履かなかった。
 他の寝台は静かで、きょうだいたちは誰も目覚めていない。もしかするとまだ、先生たちも起きていないかも知れなかった。身を起こせば朝日は思ったよりも薄く、室内は青く濃い影に満ちている。
 なので殊更にゆっくりと歩く。素足がぺとりと、木目の床を踏んで微かな音を立てる。外で水でも浴びてこようと、ぺと、ぺとり、寝台の間を縫って歩いて行く。なぞるように視界の隅で影が動いた。
 部屋の出入り口に立てかけられた姿見だった。孤児たちに身なりに気をつけるよう促すそれは古ぼけて曇っていたが、だいたい自分の姿形を知るぐらいの役には立つ。今は不要なもので、けれど夜明け前の静けさに蠢くそれはどうしても目に付いた。
 青い、目覚め前の時間。そこに映り込む子どもは白けた容姿をしている、はずだった。
 青い、目覚め前の時間。そこに濃い黒が貼りついている。
 銀の髪に、白い頬に、色の抜けたシャツに、ほっそりした手足にも。ぐっしょりと、滴って、黒が纏わり付いている。
 は、と息が漏れた。まだ寝惚けているのだろうか。これでは汗ではなくてまるで。
 そう思うと同時にぶわり、ちいさな身体から汗が噴き出す。何が起きているかわからなくて、ただただ恐ろしくて、足音を潜めるのも忘れて走り出した。乾き始めていた黒い足音を反対からなぞるように、新しい足音を上書きして。
 やがて水を被るために飛び出した外で、惨劇の残骸に直面した声が鬨の声に似て響く。くすんだ姿見の中で、取り残された赤い残像が笑っていた。
(シーレ/王女と騎士)

初めて自分の本質が成して、自分への疑いに気づいた朝
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Day2「風鈴」 #文披31題  #小咄 #トウジンカグラ

 りぃん、りぃー……んと。
 澄んだ音色が、天上に細波を打つ。風を孕んで、りぃん、横髪を浚って、りりぃん。御簾をやわくそよがせて、りりぃー……ん。消えてゆく。ここは高く、蝉の声すら届かない。噎せ返るような地の熱も遠く、湿りを帯びた空が白を混ぜた水の色で、ただただ澄んだ音に寄せて返している。
 少女は白く細い指で、靡く髪を押さえる。視線を膝へと落とす。
 そこにはこの時候とは真逆の、冬の枯れ野が広がっている。
 睫毛を伏せて、少女の膝で昏々と眠る子ども。否、否。子どもなどではない、と誰もが嗤うだろう。少女よりも長い手足に背丈で、細身なくせに一部に肉のつき始めた体躯は立派な青年と呼べた。そしてこの瞼を下ろし、旨を静かに上下させて呼吸をするだけの肉体は、眠りなど生温いところに墜ちている。
 りぃん、澄んだ音が呼ぶ。眠る子どもには届かない。蝉の声も暑気も遠い天上とは真逆の底に、細波を抱く水色とは真逆の泥濘たる赤い場所に、この子どもは還っている。りぃん、りぃんと。やさしげな硝子の奏でる音だけが、ひとりきりの少女を慰めている。
(瑠璃と火群/トウジンカグラ)

7月の火群は本編開始2ヶ月ほど前の、七宝の民に認識され始めだいたい今の火群になりつつある状態
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