No.1057

1056もどして(もどさないで) #歴史創作 #小咄
 爽やかな風が吹き抜けている。
 雄大な川の流れを見下ろす、なだらかに緑を纏う丘。
 陽光輝く川面のさざ波で裾を眩く飾り、赤茶の屋根も映ゆる家々を宝石のようにきらびやかに散らす。その様は、貴婦人の御衣にも似た美しさだ。であれば、その頂点に戴くのは至尊の冠に相違はなかろう。丘の上に佇む、いくつかの尖塔を誇らしげに飾る城はまさしく王の居城であった。
 その城の広間に今、朗々と声が響く。
「——それでは貴公には」
 光を広く取り込む窓、高い天井、ひやりと静謐を描く石の壁。そういったものに跳ねてぶつかる音は、ひとえに声の主の感情を伝えている。
 玉座に在って王冠を戴く者。美しき丘の城の主。この広く不確かな、神聖を冠しローマの名を継ぐ帝国においてそれはたった一人を指すに他ならない。
 神聖ローマ皇帝カール四世――カール・フォン・ルクセンブルクは、常に理知的なかんばせに微かな憤りと、そして少しばかりの困惑を混ぜてじいと一人を見つめていた。
 相対峙して臣下の礼で跪くのはまだ青年と呼んで差し支えない男である。彼の背後には幾人かの家臣が控えており、すぐ後ろの少年はカールの声にわずかばかり震えて動揺を見せたが、青年のつむりは小揺るぎもしない。
 カールの腹の内などすべて承知しているだろうに――承知しているからこそこの泰然なのだろう。溜め息をつきたい心境を皇帝の顔の奥に押し込めてカールは言葉を続けた。
「根拠を示してもらいたい。貴公が、『大公』なる称号を自称する根拠を!」
 喝破に等しい皇帝の声。さあどう出るとカールが見つめる中、もったいぶるようにゆっくりとつむりが持ち上がる。
「無論」
 ――小揺るぎもしない、どころか。
「皇帝陛下の御意のままに」
 カールの怒りに、青年は艶然と微笑んで見せた。
 息を呑んで見守っていた臣下から、抑えきれないざわめきが広がっていく。不敬な、というあからさまな声も聞こえたが、青年は黙して笑むだけだった。
 臣従を捧げられるはずの皇帝は人知れず奥歯を噛んだ。この若僧は政界に現れてまだ一年にも満たない。皇帝を前にした公の場に出たのもほとんど初めてに近いだろう。背後に従う少年のように動揺の一つ二つを見せてもおかしくないのだ。
 だというのに、この、どこか大仰にすら見える表情は、老獪な居住まいは何なのか。いいやそもそも、今カールが追及している荒唐無稽な名乗りこそ一体何のつもりなのか。
 春先にも関わらず、張り詰めた空気が冷えて刺さる。一向に意に介した様子もない青年の瞳には、静かに、密やかに、けれど確かに燃える光があった。
 この光はいつか見たことがある。
 カールは青年の笑みの奥に、過去の光を見ている。それは宵闇を裂いて落ちる、始まりも終わりもないような刹那の輝きだった。
 その輝きを宿して笑む、この青年の名は――
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この皇帝×青年(公爵)が義父×婿なんですね~ここテストに出ます。出ません

日記

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