No.2500

北原桜 #翼角



北原桜(きたはらさくら)/翼角高校奇譚

高校3年生。校内に聳え立つ大樹『摩訶桜』の近く現れる男子生徒。その正体は名は体を表す。
 以下、プロフィール。

3年。クラスは不明。
常に『摩訶桜』の近くに現れる男子生徒。大和と他愛ない話をするようになるが、『摩訶桜』の噂は鼻で笑い飛ばす。
授業を受けている様子はない。
「男女問わず、頼まれれば誰とでも寝る男子生徒が『摩訶桜』の近くに出る」と校内では噂されているようだが…?

 * * * * *

 以下、ネタバレ。

 金髪、気怠げに着こなしたシャツ、いつどの時間帯でも『摩訶桜』の傍に現れる姿は他愛もない噂と一致する。北原桜は間違いなく噂の張本人その人である――が、正しくは人ではない。
 名は体を表す通り、北原桜は『摩訶桜』そのものである。
 ただし「北原桜」という男子生徒を自称している間はそのことを忘却している。
 「会いたい人に会える」「見たいものが見える」と噂される『摩訶桜』は既に空虚である。枯死し、倒木する寸前。それは自然の理であり、樹木として然るべき寿命。しかし桜はまだ倒れるわけにはいかなかった。
 七不思議と呼ばれようと、この桜はただの一本の樹木だった。唯一他の植木と異なる点があるとすれば、この木が校内で最も古い木であり、引いては翼角高校の興る理由の一端でもあったこと。この木は今は眠る少女が人の縁を信じる発端でもあった。
 「会いたい人に会える」「見たいものが見える」という噂も全くの虚構ではなく、桜の咲き誇る様に夢を見た人たちが実際に幻想したもの。散る桜吹雪は非現実を誘い、人の抱く願いと土地の持つ特殊性も相まって見る者に優しい夢を見せた。その事実がほのかに積み上がることで幻想は信仰となったが、時代と共にそれも薄れ校内の生徒たちの間に流れる噂程度となる。
 ある少女に育まれ人々に愛され、それで桜は十分だった。一抹の寂しさを覚えながらも朽ちるときが来たと眠りに落ちようとしたとき――時代外れの幻想信仰を抱いた少年が現れた。
 まだ自分を、幻想を求める子どもがいる。桜は少しだけ生き足掻くことにする。既に幻想を見せる力はなかったが、会いたい人に会えるかも知れない、という夢と桜の美しさは少年を慰めた。春が近づく季節を繰り返すこと数度、言葉なき語らいを続けられるのも今年が最後かと桜が諦観したとき、また別の運命が交差する。
 寂しい少年を守ると、突如現れた修験者の少年は誓った。
 桜は子どもたちの姿に安堵して後を託せばよかった。
 けれど――そうはしなかった。
 無色の少年を追う悪意は屠られど、傍にいた桜に入り込む。己が慰めてきた少年を唐突に現れた別の存在が庇護すると腕に囲おうとしている。自分と会うためだけに足を運んでいた、自分だけの信仰者が、どこの誰とも知れぬ誰かに!
 桜は残るわずかな力と吸い上げた土地の力で少年たちの出会いを忘却させる。けれどまだ、これだけでは足りない。己や他の桜たちが咲き誇る時期が来れば、あの子たちは再会してしまう。けれど我が身は既に虚ろで、立ちゆくことすらままならない。
 そして桜は「北原桜」へと変じた。元より願いが姿を持つ土地、更に齢を重ねた桜には難しいことではない。そしてこの地には若く瑞々しい生が溢れている。人間の姿を得た桜は人と交わることで精気を得、己の力へと変えてゆく。
 しかしそれは桜としての正しい姿ではない。やがて桜は自己の何たるかを忘却し、知らず暴走を始める。精を飽くほどに求めてもきりがなく、けれど桜の命を満たすには最高の器があった。
 白紙の契約書、無色の存在、至高の食餌。
 こうして桜は、その心に恋をした少年を歪んだ形で求め始める。

 仮に桜が生き残り、望んだ結末を迎えることがあるとしても、それは間違いなく夢である。死に瀕した桜の運命は決して覆らない。
 朽ち倒れ最期を迎えるか、あるいは炎にくべられるか。それでも桜は人々を見守り続けた大樹としての矜持を取り戻し、最後に自分を求めてくれた少年を守護し続ける。例え太陽が喰らい尽くされ鬼の手が伸びようと、ほんの花びら一枚程度の守りでしかないとしても。桜の意思は決して、無色の少年を見限らない。

 * * * * *

 この桜は「北原桜」という名で人のかたちを取り始めるが、そのこと自体は別段珍しくない。
 とある男子生徒に恋した別の桜は「さくら」と名乗って彼の前に少女の姿を現し、伐採される直前の金木犀もまた人の姿で生徒に語りかけた。夏の短い命を生きた蝉も忘れないで欲しいと人の身で語りかけ、戯れに作られた雪兎も人の姿で消える寸前を謳歌している。
 見えるか見えないか、それは個人によりけりだが日常に常に不思議は現れ、人外もまた人に手を振っている。これが他人より特別よく見え、また好かれ、時には人間とこれらの区別をつけられないのがかつて翼角高校に身を置いていた小鳥遊かいである。卒業生である彼は所用で摩訶桜の傍を通った際、「この木には誰もいない」と感じている。桜が「北原桜」の姿で出歩いているためでもあるし、既に倒木寸前で空虚な状態だからでもある。

 別段珍しくもないことではあるが、翼角という土地では特に不思議が多い。
 これはこの土地そのものが本来この世にあるべきではない、異能の力を持った異邦者だからである。土地にして元凶たる存在は六枚羽を持った少女の姿で、また理由なく流れ着いただけではあるが、一本の苗木が桜の大樹として成長するまでを見守る内に本来の土地と同化し不可分となった。少女に接触し人の縁を教えた北原という青年は少女に「ツバサ」「ツバサヅノ」と名付け、もっと命の育まれ育つところを見たくはないかと誘った。こうして翼角高校は設立される。
 なお数十年、あるいは百年も遅れて同胞の不始末を確認に訪れた異邦のお役所勤めである氏神は、この本来あるべきではなかった土地の歪みを修正することを早々に放棄。「こんな大規模にやらかしちゃって――でもま、時効かな!」の一言でなかったことにする。仕事しろ。
 余談だが、この少女はかつて青年であった学校の設立者・北原が亡くなった時点で眠りについており、既に自我は消失している。ただし願いや祈りは生き続けており、楽しいことがあると影として現れることもあるとか。その際目撃された姿は時の生徒たちに「チキチキ(地喜稚鬼)様」と呼称された。角があるため鬼と呼ばれたが、正しい意味での鬼ではなく、子どもを愛する優しい少女である。

 * * * * *

 以下、メタネタ。

 「仮想BLゲームの攻略対象」、「一人ぐらいはいるミステリアスで思わせぶりで最後に攻略対象となりその攻略後真エンドが開けるキャラ」という発端。基本骨子も当初から全くぶれていない。
 彼のルートは最も幸せである。素直になれないながらも主人公・大和は惹かれていくし、桜も時にはひねくれながら最大の愛を注ぐ。相思相愛と呼んで差し支えない。ただし上述の通り、これは全て優しい夢であり現実ではない。
 それでもⅠで散る彼は最後の最後、Ⅶで大和を守る最後の鉄壁となる。翼角高校奇譚は最後まで、桜の祈りと願いを叶える物語である。

 以上のような素性なので彼について語れることは少ない。人でもないし経緯が経緯なので軽率なネタにも落としがたい。作中で唯一、標榜するBLらしく、不特定の男性と(女性とも)肉体関係を持っていると公言されてはいるが。
 けれど物語で一番優しく儚い存在なので、語ることがないにしても北原くんもいるんだなと認識してもらえれば嬉しい。
 なお大和と組み合わせた場合、どちらが受で攻なのか、あるいはリバなのか? それは見る人の心の中に。
閉じる

メモ

プライバシーポリシー
当ページでは、cookieを使った以下のアクセス解析サービスを利用しています。
●アクセス解析研究所
このアクセスデータは匿名で収集されているものであり、個人を特定するものではございません。
こうした履歴情報の収集を望まない場合、cookieの受け入れを拒否することが可能です。詳細はご利用のブラウザの設定をご確認ください。
詳しくはサービスのプライバシーポリシーをご覧ください。