No.2388

Day22「さみしい」 #文披31題 #小咄 #じょ

 彼、あるいは彼女の枯葉色の瞳は感情を視る。それは意識するとせざるとに関わらず当たり前のことで、食事や呼吸、あるいは夢みたいなものだった。必要だとか望むとかではなくて、意識にも登らず訪れる当たり前。
 彼、あるいは彼女はそれを、己にのみ与えられた唯一と認めていた。好意的であった。あるいは悪趣味だと知りながら、彼、あるいは彼女はあらゆる人間に、または魔女に浮かぶ感情を視る。遠くも近くも、視界として知覚する全ての感情を視る。不思議で面白いもので、全ての感情を真っ直ぐに曝け出す者もいれば、外側が浮かべる表情とは真逆の感情を抱く者もいる。感情を自覚できない者も、感情を削ぎ落とした存在もいる。森羅万象奇々怪々、感情と人間、または魔女とは、そういったままならないものを内包している点で全く同一だった。
 彼、あるいは彼女は、たまにはそんな話を友人に聞かせる。あるいは悪趣味だと知りながら、感情を視ることは酒の肴として口に上ることもあった。魔女の死を謳う異端審問の少女の伽藍堂の眼窩と、そのくせ豊かな表情と、なのにちいさく蹲って悲しむ感情を今日は視た。昨日は、一昨日は――滔々と語る。
 彼、あるいは彼女の語りを、友人は大抵否定せず聞いている。疑問を呈し、あるいは掘り下げることはあれど、他者の感情を語る声に耳を傾けている。そうしてたまに、目を細めて、ほんの少しだけ口の端を持ち上げて、同じようにほんの少し、眉を下げて問いかける。
 彼、あるいは彼女は、そのとき浮かぶ感情を確かに視る。けれど問いへの答えは見つからないまま、ただグラスを傾ける。あらゆる感情を語る彼、あるいは彼女は、自分の感情を視い出せるのか、否か?
 その答えを知ったとき、彼、あるいは彼女はちいさく蹲りながら、あれほど好んで眺めていた全てに背を向ける。やっと見つけた己のそれすら。
(ジル/じょ)

自分のことはみえない。
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