No.2350

Day17「空蝉」 #文披31題 #小咄 #じょ

 色とりどり、鮮やかに光。痛いほどの熱を湛えた陽光に晒されて、黒く濃い影が輪郭を描く。
 透鏡の小さな遮光眼鏡で、その幾百ものを光を遮る。あの豊かな色彩を美しく、興味深く、静かに心を弾ませながら眺めて酒を舐めていた頃もあった。しかしながら今は薄黒く透かし見るのが精一杯で、それだって目を背けている。
 随分と低くなった目線を地面に向けて、小さな体躯を益々縮こまらせて、嗚呼、嫌だ嫌だと厭うて日陰へ向かう。近くを見る使い魔と、遠くを見る使い魔が前に後ろに従っている。
 目を伏せて、耳に入る音は聞き流して、一人の方へ、ひとりの方へ。過去とは真逆の在り方をする己は何だろうか。最早誰もかつての畏怖を込めた異名で己を呼びはしない。ただ狩るべき符牒として、魔女、と括られる。その声を恐れて息を潜めている。どうしてだか生きている、まだ。どうして。
 暗がりに向かう足先、俯いた地面に黒々とした影が差す。それは踊るように軽やかで、けれど何よりも濃く暗い影だった。影の持ち主がひとつ動く度に、あんまりにも重い影が引きずられて、まるで涙みたいに飛び散っていく。遮光眼鏡の向こうにその景色を見つける。
 かつての異名には程遠い間の抜けた名で呼ばれて、小さな頭を持ち上げた。随分高い位置にある相手の頭は燃える炎の色彩を宿して虚ろで、爛々とした瞳は底が見えないほどの悲しみに枯れ果てている。嗚呼、嫌だ嫌だ。お互いに、どうしてだかまだ生きている。彼がいるから、まだボクはいるに違いない。幾分か低く落ち着いた、かつての己の声が聞こえた。
(ジル/じょ)

夏の空蝉。
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