今日はハチミツの日ですが宮中から露から善意で贈られた滋養たっぷりのハチミツをウッカリ穂群に滴らせて事に及んだものの普段の穂群(の諸々)の方が甘いな…という知見を真面目に得る氷雨という本編後虚構二次創作がどこにもないのは由々しき問題 #トウジンカグラ
No.80, No.79, No.78, No.77, No.76, No.75, No.74[7件]
人様の創作とこの商業作品を聞いてアアアア~!!!!って大納得することちょくちょくあるけど自分も人から見たら大納得なんだろうか。トウジンカグラに限っては17年ブランク挟んで趣味嗜好の大いなる変遷あるけど人から見ると何かわかるものはあるのかも知れない
リボ=風紋記/ReVOLVERSはページを丸ごと閉じて幾久しく本当に記憶にないお誕生日SSが出てきても置いておくところがないのでとりあえずここに置いておくかという気持ち #リボ #小咄
なお誕生日は3月31日
酒の席で、そういやお前いくつになったんだっけか、などと話題にされたのはいつのことだったか。
この手の話題は面倒だし、相手も相当呑んで赤ら顔だった。ので、さあ、いくつでしたっけねえ、などと返して躱そうとした。お前若いのにそんなボケたこと言ってて大丈夫か? などと善意の追撃を食らったが、忘れたものは忘れましたから、で無理を通して酒を舐めた。
とはいえ相手も絡み酒である。この程度で解放されるとも思っていなかったのでそこは予想の範囲内だ。
「最初に会ったときいくつだっつってたっけなあ。お前、誕生日は?」
「……さあ?」
ただし、答えに窮する。
生まれた日、さて。これは本当に覚えがない。今生での年齢に関しては一応覚えていてとぼけているのだが、年の変わり目で数えているので生まれた日を気にしたことがなかった。
対する相手は赤い眉間に縦皺を刻み、ずいと顔を寄せてきた。
「それも覚えてないのか!」
「覚えてないというか、はあ、まあ」
「おいおい……大事なことだろ?」
こちらとしては生まれた日などより、間近で酒臭い溜め息を吐かれることの方が余程大ごとである。
すすすと身を引いても赤ら顔はにじり寄ってきた。そろそろ後頭部あたりに一発入れていいだろうか、記憶もきれいに飛ぶように、且つ殴打の痕跡を残さないように良い角度で。あるいはこれを顔面にぶっかけるのはどうだろう。いや酔いを申し訳程度に醒ますか更に絡まれるかの二択でしかない気がする。
そんなことを考えながら酒杯を覗き込みつつ、お返しではないが溜め息に乗せて答える。
「別に。ストラル様ぐらい立場のある方ならともかく、一年のうちのいつも通りの一日でしょう」
「……お前、」
「強いて言えば、死ぬために生まれた一生に一度きりの日ですか」
立場ある人間であればその日と祝いを口実に駆け引きだとか根回しだとか、そんなことをしなければならないのだろう。自分はそうではない。単なる一兵卒、今生はこの酔っ払いの食客である。更に言えば自分の場合、一生に一度きりを何度も何度も繰り返しているわけで、全く以てありがたくも何もない。むしろ忌むべき――
瞬間、目の前に影。
顔を上げれば吐息どころか唇すら触れそうな距離に、じっとりした目の主人がいる。
「暗い」
「はあ?」
「暗いぞお前、いや暗いなんてもんじゃない。夜闇だ。沼の底だ。墨汁の化身だ」
そろそろかちんときて酒杯を掴む手に力がこもった。いざ顔面、という思考を読んだのかぱっと顔が離れていく。それどころか席を立って仁王立ち。腰に手を当て、こちらを見下ろす表情はにやりと、あからさまにろくでもないことを考えている顔である。
主は酒杯を手にしたまま胸を叩く。天から零れる酒を避けながら耳にした言葉を、ここから先しばらくはすっかり忘れていた。
「見てろよカイ。俺が、お前に、誕生日のなんたるかを教えてやろう」
――そう言えばそんなこともあったなあ。
遠い目をする。開かれた扉、既に見慣れた室内はいつもより豪奢な花が飾り付けられ、卓上には少しばかり手の込んだ料理が並んでいる。満面の笑みを浮かべながら主、且つ仕掛け人たるストラルは手ずから椅子を引いた。
「さあどうだカイ! いや、まずは座れ!」
一度家に帰るからお前もついてこい、などと言われたときは別段いつも通りだと思った。軍の宿舎にいても特にすることもなく、一応自分はストラル個人の食客であるからして雇い主に従うべきである。特にストラルは人と関わりたい、面倒を見たい性分だということもわかっていたので、まあいつぞやのようなとんでもない子守をさせられるのでなければ、と同行した次第である。
まさかこんな思惑があったとは。例え酒の席であっても、この人が有言実行と誠実と驚かせたがりを忘れるはずがなかったのである。
「どうだ、と言われましても、僕の誕生日は、」
「覚えてないなら今日が誕生日だ! そういうことでいいだろう!」
「いやいやいや……」
堂々と胸を張りながら粗雑極まりない発言をする主に、然りとて抗うことも上手く言い返すこともできない。何より席は用意されており、用意したのは恐らくこの大雑把な主ではないのだから。
諦めて大人しく席に収まれば、酒を手にしたストラルの奥方――ティアナがにこにこと傍に寄ってきた。
「香の龍砂だけれど、よかったかしら」
「……わざわざすみません、ティアナ様」
生まれた日と同じく思い入れのない故郷の酒を取り寄せてくれたことと、こんな席を用意してくれたことに関して頭を下げる。全く気にした様子もなく、むしろ嬉しそうにティアナは杯を握らせてきた。
「謝るのはこちらの方よ。この人の遊びに付き合ってくれて」
「おーい、ティアナ」
「それから何よりも感謝を。こんなにお料理を作ったのもひさしぶりで楽しかったし、あなたにはいつも夫が世話になっているのにお礼をする機会もなかったから」
注がれる酒に返す言葉もなく、どうにも据わりが悪く視線を彷徨わせる。すると向かいの席に座ったストラルがにやりと笑って、また言いようのない感情に視線を逸らした。腹が立つ、ではないが、してやられた、というか。悔しい、というのでもないが、少なくともこの主に対して謝意を述べられるほど素直な性格ではないという自覚ぐらいはある。
ティアナも黙り込んだカイに何を言うでもなく、微笑んだまま自分の席に戻っていく。入れ替わるように服の裾を引かれる。視線を落とせばこの家の最後の一人がじっとこちらを見上げていた。手を後ろに回し、もぞもぞと身体を揺すっている。
手にした酒杯を一度卓に置き、椅子を降りて跪く。折角目の高さが合ったのに、相手はちらちらと視線を逸らし、すぐにこちらへと戻し、かと思えば逸らしを繰り返していた。ああこれはつい先ほどの自分と同じだな、などと気づいてしまえば妙に生温い気持ちになる。
「……どうしました、カイル様」
「あ、あの、あのね、ねーね」
大姐を意味する呼び方を咎めたいところだが、ぽっと頬を染めて言葉を探す幼子を遮る気も起きない。脱力しそうになる思考をどうにか追いやって続きを待つ。
やがて意を決したのか、カイルはぱっと両手を前に突き出した。
「ねーね、これあげる!」
ちいさな手のひらに載せられているのは、ところどころ歪な編み目をした紐だった。何色かの糸を縒り合わせたそれは不格好な編み方も相まって手作りだと知れる。作り手はもちろん、この子どもだろう。
「あなたがね、いつでも身につけられるものを作りたいって」
大皿から料理を各人の更に装いながら、ティアナが苦笑している。その隣ではストラルがこちらを見つめながら目を細めている。
「装身具だと好みもあるし、戦の時に邪魔になるかも知れないでしょう? でも髪結い紐だったらいつも使うものだし、邪魔にもならないし、この子でも作れるから」
「……カイル様がお一人で作られたんですか?」
「うん!」
もじもじと俯いていた子どもがぱっと顔を上げた。得意げな、そのくせまだ不安げな表情でこちらを見つめている。
すっと手を伸ばす――伸ばそうとして、跪いたままくるりと背を向けた。背後からひえっと不明な声が聞こえるが、勘違いをして泣き出す前に後ろに手を伸ばした。今使っている結い紐を解き、ばらりと髪の散るままに目線だけで振り向いて口を開く。
「カイル様、よろしければ結ってくださいませんか」
「……うん!」
恐らくあの紐の不格好さから、きっと結われた髪もとてもきれいとは言い難い仕上がりになるのだろう。
それでも今日ぐらいはいいかと思いながら、ちいさな手に髪を委ねる。
「ねーね、誕生日おめでとう」
祝われる自分よりもずっと嬉しそうに子どもが囁く。時折首筋に触れる柔らかい手がぽかぽかと温かい。
その両親の視線も温かく、どうにも落ち着かない気持ちで、けれどたまには悪くないと目を閉じた。
* * *
随分と草臥れた結い紐ですねえ。
手慰みに、カイの髪に櫛を通していたウノカが呟いた。結い紐と言われて、今や遠いらしい春の日を思い出す。何がどうして死せずここにあるのかはわからないが、ずっと首筋にあったあの紐も健在らしい。
「新しいのに変えませんか? 私、いろいろ持ってますよ」
「……気持ちはありがたいけど、この紐で特に不便なこともないし」
ちらりと視線を動かす。馬車の荷台に腰掛けて矛の手入れを続けるティルがいる。初めはカイを女子扱いするかのように戯れるウノカに苦言を呈しいていたが、今はもう諦めたらしく特に反応を返すこともない。黙々と矛を見つめて手を動かしていた。
嘆息して、そっとウノカの手を払う。堅く結わえた紐は随分と長いこと自分の傍にあって、不格好だった最初の姿などもう残っていない。
あのとき、強引に祝いの席を構えた主がいなくなっても、奥方がどうしているのかわからなくても、あのちいさな手で紐を差し出してきた子どもが変わってしまっても。片割れが消えてしまっても自分が名前を偽っても。最初の姿をなくしたこの紐だけは、ずっと共に在る。
「それに、気に入ってるんだ。大事な贈り物だから」
ウノカのちいさな謝罪の声に手を振って返し、空を見上げる。いつか砕けて破片を散らした空は白けた青を晒していて、どこからか散った淡い花弁が一枚、横切るだけだった。
* * *
「ということが、僕の人生においてもあったわけだけど」
「そうか」
「……君、僕の本当の誕生日知ってるんだよね?」
「ああ。ついでに言うと、今まできちんと祝っていたぞ。目に見える形で」
「え?」
「お前の部屋に花を一輪置くなどしていた」
「…………そんなこともあったようななかったような気がするけどさあ。それって単純に気持ち悪」
「気持ちはわかる! 非常にわかるが今は黙っておいてやれカイ! 無言で泣くなセイ!」
「な、泣いてない、泣いてないぞシエル」
「……ごめん、僕が悪かったよ」
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なお誕生日は3月31日
酒の席で、そういやお前いくつになったんだっけか、などと話題にされたのはいつのことだったか。
この手の話題は面倒だし、相手も相当呑んで赤ら顔だった。ので、さあ、いくつでしたっけねえ、などと返して躱そうとした。お前若いのにそんなボケたこと言ってて大丈夫か? などと善意の追撃を食らったが、忘れたものは忘れましたから、で無理を通して酒を舐めた。
とはいえ相手も絡み酒である。この程度で解放されるとも思っていなかったのでそこは予想の範囲内だ。
「最初に会ったときいくつだっつってたっけなあ。お前、誕生日は?」
「……さあ?」
ただし、答えに窮する。
生まれた日、さて。これは本当に覚えがない。今生での年齢に関しては一応覚えていてとぼけているのだが、年の変わり目で数えているので生まれた日を気にしたことがなかった。
対する相手は赤い眉間に縦皺を刻み、ずいと顔を寄せてきた。
「それも覚えてないのか!」
「覚えてないというか、はあ、まあ」
「おいおい……大事なことだろ?」
こちらとしては生まれた日などより、間近で酒臭い溜め息を吐かれることの方が余程大ごとである。
すすすと身を引いても赤ら顔はにじり寄ってきた。そろそろ後頭部あたりに一発入れていいだろうか、記憶もきれいに飛ぶように、且つ殴打の痕跡を残さないように良い角度で。あるいはこれを顔面にぶっかけるのはどうだろう。いや酔いを申し訳程度に醒ますか更に絡まれるかの二択でしかない気がする。
そんなことを考えながら酒杯を覗き込みつつ、お返しではないが溜め息に乗せて答える。
「別に。ストラル様ぐらい立場のある方ならともかく、一年のうちのいつも通りの一日でしょう」
「……お前、」
「強いて言えば、死ぬために生まれた一生に一度きりの日ですか」
立場ある人間であればその日と祝いを口実に駆け引きだとか根回しだとか、そんなことをしなければならないのだろう。自分はそうではない。単なる一兵卒、今生はこの酔っ払いの食客である。更に言えば自分の場合、一生に一度きりを何度も何度も繰り返しているわけで、全く以てありがたくも何もない。むしろ忌むべき――
瞬間、目の前に影。
顔を上げれば吐息どころか唇すら触れそうな距離に、じっとりした目の主人がいる。
「暗い」
「はあ?」
「暗いぞお前、いや暗いなんてもんじゃない。夜闇だ。沼の底だ。墨汁の化身だ」
そろそろかちんときて酒杯を掴む手に力がこもった。いざ顔面、という思考を読んだのかぱっと顔が離れていく。それどころか席を立って仁王立ち。腰に手を当て、こちらを見下ろす表情はにやりと、あからさまにろくでもないことを考えている顔である。
主は酒杯を手にしたまま胸を叩く。天から零れる酒を避けながら耳にした言葉を、ここから先しばらくはすっかり忘れていた。
「見てろよカイ。俺が、お前に、誕生日のなんたるかを教えてやろう」
――そう言えばそんなこともあったなあ。
遠い目をする。開かれた扉、既に見慣れた室内はいつもより豪奢な花が飾り付けられ、卓上には少しばかり手の込んだ料理が並んでいる。満面の笑みを浮かべながら主、且つ仕掛け人たるストラルは手ずから椅子を引いた。
「さあどうだカイ! いや、まずは座れ!」
一度家に帰るからお前もついてこい、などと言われたときは別段いつも通りだと思った。軍の宿舎にいても特にすることもなく、一応自分はストラル個人の食客であるからして雇い主に従うべきである。特にストラルは人と関わりたい、面倒を見たい性分だということもわかっていたので、まあいつぞやのようなとんでもない子守をさせられるのでなければ、と同行した次第である。
まさかこんな思惑があったとは。例え酒の席であっても、この人が有言実行と誠実と驚かせたがりを忘れるはずがなかったのである。
「どうだ、と言われましても、僕の誕生日は、」
「覚えてないなら今日が誕生日だ! そういうことでいいだろう!」
「いやいやいや……」
堂々と胸を張りながら粗雑極まりない発言をする主に、然りとて抗うことも上手く言い返すこともできない。何より席は用意されており、用意したのは恐らくこの大雑把な主ではないのだから。
諦めて大人しく席に収まれば、酒を手にしたストラルの奥方――ティアナがにこにこと傍に寄ってきた。
「香の龍砂だけれど、よかったかしら」
「……わざわざすみません、ティアナ様」
生まれた日と同じく思い入れのない故郷の酒を取り寄せてくれたことと、こんな席を用意してくれたことに関して頭を下げる。全く気にした様子もなく、むしろ嬉しそうにティアナは杯を握らせてきた。
「謝るのはこちらの方よ。この人の遊びに付き合ってくれて」
「おーい、ティアナ」
「それから何よりも感謝を。こんなにお料理を作ったのもひさしぶりで楽しかったし、あなたにはいつも夫が世話になっているのにお礼をする機会もなかったから」
注がれる酒に返す言葉もなく、どうにも据わりが悪く視線を彷徨わせる。すると向かいの席に座ったストラルがにやりと笑って、また言いようのない感情に視線を逸らした。腹が立つ、ではないが、してやられた、というか。悔しい、というのでもないが、少なくともこの主に対して謝意を述べられるほど素直な性格ではないという自覚ぐらいはある。
ティアナも黙り込んだカイに何を言うでもなく、微笑んだまま自分の席に戻っていく。入れ替わるように服の裾を引かれる。視線を落とせばこの家の最後の一人がじっとこちらを見上げていた。手を後ろに回し、もぞもぞと身体を揺すっている。
手にした酒杯を一度卓に置き、椅子を降りて跪く。折角目の高さが合ったのに、相手はちらちらと視線を逸らし、すぐにこちらへと戻し、かと思えば逸らしを繰り返していた。ああこれはつい先ほどの自分と同じだな、などと気づいてしまえば妙に生温い気持ちになる。
「……どうしました、カイル様」
「あ、あの、あのね、ねーね」
大姐を意味する呼び方を咎めたいところだが、ぽっと頬を染めて言葉を探す幼子を遮る気も起きない。脱力しそうになる思考をどうにか追いやって続きを待つ。
やがて意を決したのか、カイルはぱっと両手を前に突き出した。
「ねーね、これあげる!」
ちいさな手のひらに載せられているのは、ところどころ歪な編み目をした紐だった。何色かの糸を縒り合わせたそれは不格好な編み方も相まって手作りだと知れる。作り手はもちろん、この子どもだろう。
「あなたがね、いつでも身につけられるものを作りたいって」
大皿から料理を各人の更に装いながら、ティアナが苦笑している。その隣ではストラルがこちらを見つめながら目を細めている。
「装身具だと好みもあるし、戦の時に邪魔になるかも知れないでしょう? でも髪結い紐だったらいつも使うものだし、邪魔にもならないし、この子でも作れるから」
「……カイル様がお一人で作られたんですか?」
「うん!」
もじもじと俯いていた子どもがぱっと顔を上げた。得意げな、そのくせまだ不安げな表情でこちらを見つめている。
すっと手を伸ばす――伸ばそうとして、跪いたままくるりと背を向けた。背後からひえっと不明な声が聞こえるが、勘違いをして泣き出す前に後ろに手を伸ばした。今使っている結い紐を解き、ばらりと髪の散るままに目線だけで振り向いて口を開く。
「カイル様、よろしければ結ってくださいませんか」
「……うん!」
恐らくあの紐の不格好さから、きっと結われた髪もとてもきれいとは言い難い仕上がりになるのだろう。
それでも今日ぐらいはいいかと思いながら、ちいさな手に髪を委ねる。
「ねーね、誕生日おめでとう」
祝われる自分よりもずっと嬉しそうに子どもが囁く。時折首筋に触れる柔らかい手がぽかぽかと温かい。
その両親の視線も温かく、どうにも落ち着かない気持ちで、けれどたまには悪くないと目を閉じた。
* * *
随分と草臥れた結い紐ですねえ。
手慰みに、カイの髪に櫛を通していたウノカが呟いた。結い紐と言われて、今や遠いらしい春の日を思い出す。何がどうして死せずここにあるのかはわからないが、ずっと首筋にあったあの紐も健在らしい。
「新しいのに変えませんか? 私、いろいろ持ってますよ」
「……気持ちはありがたいけど、この紐で特に不便なこともないし」
ちらりと視線を動かす。馬車の荷台に腰掛けて矛の手入れを続けるティルがいる。初めはカイを女子扱いするかのように戯れるウノカに苦言を呈しいていたが、今はもう諦めたらしく特に反応を返すこともない。黙々と矛を見つめて手を動かしていた。
嘆息して、そっとウノカの手を払う。堅く結わえた紐は随分と長いこと自分の傍にあって、不格好だった最初の姿などもう残っていない。
あのとき、強引に祝いの席を構えた主がいなくなっても、奥方がどうしているのかわからなくても、あのちいさな手で紐を差し出してきた子どもが変わってしまっても。片割れが消えてしまっても自分が名前を偽っても。最初の姿をなくしたこの紐だけは、ずっと共に在る。
「それに、気に入ってるんだ。大事な贈り物だから」
ウノカのちいさな謝罪の声に手を振って返し、空を見上げる。いつか砕けて破片を散らした空は白けた青を晒していて、どこからか散った淡い花弁が一枚、横切るだけだった。
* * *
「ということが、僕の人生においてもあったわけだけど」
「そうか」
「……君、僕の本当の誕生日知ってるんだよね?」
「ああ。ついでに言うと、今まできちんと祝っていたぞ。目に見える形で」
「え?」
「お前の部屋に花を一輪置くなどしていた」
「…………そんなこともあったようななかったような気がするけどさあ。それって単純に気持ち悪」
「気持ちはわかる! 非常にわかるが今は黙っておいてやれカイ! 無言で泣くなセイ!」
「な、泣いてない、泣いてないぞシエル」
「……ごめん、僕が悪かったよ」
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